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麻原三女『止まった時計』の虚偽② 2000年~裏から教団に関与

 少し間が空いてしまいましたが、麻原三女・松本麗華氏著『止まった時計』における虚偽の内容について、前回の記事「麻原三女『止まった時計』の虚偽① 99年まで」」の続きです。

② 2000年~ 教団を脱会しながら、裏から教団に関与

 2000年になって、受刑を終えた上祐が教団に復帰しました。その後まもなく、三女や次女は、自らの刑事事件で逮捕された結果、「オウム真理教」から「アレフ」と改名した教団の入会手続きは取らず、教団施設に出入りすることはなくなりました。

  しかし、その後も、当時の上祐らが依然として麻原に帰依をしており、既にご紹介したオウムの教義や麻原の獄中からの指示を守らなければならないために、日 常の実務の運営は別として、宗教的に重要な事柄に関しては、以前と変わることはなく、上祐らの教団内の幹部が、教団外に住む三女を中心とした家族の合意を 得る形で継続しました。

 にもかかわらず、三女の著作は、全体的に、三女は「アレフ教団運営に関わっていず、上祐や母(麻原の妻・松本明香里氏)に利用された」としていたり、「上祐とのやり取りは、個人的な友人関係によるものだ」としていますが、それは全く事実に反しています。
 これらのやり取りは、三女も熟知している「麻原の家族を全ての信者の上に置く」とした麻原・オウムの教義や、麻原の獄中の指示に従った教団運営の原則であり、上祐らの義務だったのです。

 以下に、三女の著作の記載の中で、具体的に事実に反する記載の事例を挙げて説明します。

◆『止まった時計』上祐さんの復帰 p157

 1999年12月29日、広島刑務所を出所した上祐さんが、教団に戻ってきました。出所後、上祐さんは、横浜道場にわたしを何度も呼び出しました。
「と くに印象に残っているのは、サマナをたくさん集めた中、「アーチャリー、ちょっとおいで」と、隣に呼び寄せたかと思うと、突然わたしの手を自分の手ととも に高くあげ、「二人の正大師は、今後争うことはないことをここに誓う。これからは仲良く力を合わせていく」という旨の声明を発したときのことです。上祐さ んはなぜこんなパフォーマンスをするのかと、釈然としない気持ちのまま座っていました。



 まず、当時の上祐が、三女を「アーチャリー」と呼び捨てにすることは決してあり得ませんでした。どんな信者も、そんな呼び方をすることを、決して聞いていません。
  当時の上祐は、まだ麻原の帰依から脱却しておらず、信者も麻原に帰依していましたから、仮に呼び捨てなどにすれば、「皆が驚愕する事態」を招きます。先ほ ど述べたように、アレフ・オウム真理教の教団内は、麻原の定めたステージ制度という位階制度の中にあり、麻原が、「子供たちを、すべての弟子の上に置く」 と定め、従う体制にありました。よって、上祐は常に「アーチャリー正大師」と呼ぶ以外にはありませんでした。

 次に、他の上祐の発言や行動も、三女が記載した通りではありませんが、二人の正大師が信者の前で仲の良い所を見せたという事実は、一度ほどあったと思います。しかし、それは、上祐の記憶では、実際には三女の方が(少なくとも三女も)提案したことでした。
 というのは、仲が良い様子を見せる重要性は、上祐が戻る前の教団の運営の混乱に自らの責任がある三女の方が、痛感していたことだからです。

 上祐が戻る前の教団の上層部は、麻原の家族(三女と二女、長女)の間での対立により分裂し、さらに、家族と、教団幹部の「正悟師」の間の分裂で、意思決定機能が麻痺するほどの状況にあり、当時数百人いた教団の内部は大変な混乱状態にあったからです。
 そして、この対立の延長上で、上祐が復帰した後まもなく、いわゆる「旭村事件」が発生し、三女が長女と激しく対立し、長女と長男の住む住居に三女・次女らが信者と共に、不法侵入して逮捕されたという事実がありました。

◆『止まった時計』上祐さんの復帰 p157

「いつの間にか、長老会議は消滅し、上祐さんの出所後、一週間もたたずに、上祐さんが、教団運営を取り仕切るようになりました。」



 まず、ここでの「長老会議」とは、前に述べたように、麻原が不在の状態において、麻原が「獄中メッセージ」で指示した、オウム真理教教団の意思決定機関であり、麻原の家族と高弟で構成される会合のことであり、そのリーダー(座長)は、三女が任命されていました。

  次に、「いつの間にか、長老会議は消滅し、上祐さんの出所後、一週間もたたずに、上祐さんが、教団運営を取り仕切るようになりました。」というのは明らか に事実に反しています。その当時は、上祐と他の最高幹部(正悟師)と三女・次女が、密かに、上祐が滞在する横浜支部に集まって会合を開いていました。
 出所直後の上祐がマスコミに囲まれて身動きが取れないためでした。よって、一週間もたたずに、上祐が教団運営を取り仕切ったことはありません。

 ただし、「長老会議が消滅した」かのような状態は、その後まもなく訪れました。
 それは、

 ① 三女・次女が、上記の旭村事件で逮捕・拘留され、拘留を逃れるためにも、以前のように公には教団に関与しにくくなったこと(結果として、当時、発足したてのアレフには入会しなかった)、
 ② 長女も別件で逮捕されると共に、健康問題で教団に関与できなくなったこと

などが原因です。
 すなわち、上祐が出所したからではなく、家族の方が違法行為によって、自ら崩壊していったのです。

 しかしながら、その後も、「高弟と家族で話し合って決める」という獄中の麻原が「獄中メッセージ」で指示した体制は、麻原・オウムの教義において家族の了解が必要な重要な案件に関しては、維持されました。
 具体的には、教団の中の家族以外の上層部をまとめる立場の上祐と、教団を、形の上では出ざるを得なくなった家族の筆頭である三女が、密かに連絡を取ることによってです。こうしなければ、「麻原への帰依」に反することになるからでした。

◆『止まった時計』上祐さんの復帰 p157

「16歳のわたしは、「これで果たせもしない責任から解放される」とほっとしていました。これからは、心配だった教団やサマナのことは上祐さんにすべてまかせたらいい。」



  これが本当ならば、この3年後の2003年から、三女が先頭に立ち、上祐が勧める教団改革を止めるためにアレフ教団に深く関与して、上祐をアレフ教団の運 営から外す指示を出し、上祐が運営から外れることはなかったはずです。この事実は、すでに、野田成人氏、村岡達子氏、麻原四女など、その他大勢の人々が証 言しています。

◆『止まった時計』 シガチョフ事件 p187

「わたしは教団を離れた後も、教団の運営には関わらないものの、個人的な友人関係は大切にしたいと考えていました。そのため高校に通い始めてからも、上祐さんとは、ときどき電話で話をしていました。」



  これは、個人的な友人関係のものからではなく、「麻原の家族の了解が必要なこと」に関して、当時の家族の筆頭格である三女と、どうしても連絡を取る必要が あったというのが事実です。上祐が個人的に三女に関心があるかのような印象を与える記載は、三女の主観によるものです。

◆『止まった時計』 シガチョフ事件 p188

  あるとき、教団にいる友人から、上祐さんがわたしの名前を使い、「アーチャリーが賛成している」と言って、教団運営をしているという話を聞きました。内容 も寝耳に水だったたえ、上祐さんに、「わたしの名を使うのはやめてください。教団運営に関わるつもりはないと何度もお伝えしているはず。そんなことをする なら、もう電話でお話できません」
と言うと、彼は、「誰がそんなことを言ったんだ。そ
んなことはしていないが、わかった。アーチャリーの名前は、 今後も使わない」と約束してくれました。上祐さん以外との連絡がほとんど絶たれている状態だったわたしは、彼の言葉を信じ、約束が守られているかどうか は、確かめませんでした。」


 この部分についても、上記のとおり、教団運営で重要なことは、家族の了解が必要 なために、上祐が三女と連絡を取っていたのが事実です。そのため、今の時点では記憶が定かではありませんが、上祐が、教団内部の幹部に、三女ら家族の了解 があるかを尋ねられたことは、多くはありませんが、時々はあったはずです。
 よって、この三女の記載は、「三女の了解があったという事実を、他の信者には隠してほしい」という彼女の要望があったというだけの話であって、了解の事実が存在しないのに、上祐がその名前を使ったということでは決してありません。

◆『止まった時計』シガチョフ事件 p189

 上祐さんとの電話の内容ではきり覚えていることが二つあります。一つは、ロシア支部のサマナであるシガチョフさんについて、
「ロシアのシガチョフが、日本で尊師の奪還を目的に、テロを起こすかも知れない。シガチョフはアーチャリーの話だったら聞く、と言っている、何とかしてくれないか」
 という連絡でした。
  それを聞いて、わたしは、シガチョフさんとの面識はないし、教団との関係もないのにと困惑しました。それでも、その人が事件を起こしてしまって、本人を含 め、多くの人が苦しむのを見たくないと思いました。(中略)結局、計画の中止を呼びかけるビデオ撮影に応じることにしました。



 この話は、その前提が全く間違っています。

  上祐が、自著である『オウム事件17年目の告白』(p187)に掲載していますが、シガチョフによる父親である麻原の奪還計画について、日本人の麻原のあ る高弟を通して聞いた三女が「なんと帰依の深い弟子がいるのか」と称賛し、それがシガチョフに伝わったという事実があったのです。
 これは、上祐が、三女に直接確認しています。そのために、上祐は、三女に、前言を否定・撤回させる必要が生じたので、それを依頼したのでした。

  そうした事情がなければ、三女のビデオメッセージを、シガチョフに送る必然性は全くありませんでした。仮に、麻原の家族という権威を使いたいということで あれば、麻原によって三女よりも上に位置づけられていた、四女や長男・次男の方に依頼する方がより有効だったと思われます。

 こうして、この部分の三女の記載は、自分の奪還計画に対する間違った行動を(思い出すのが嫌なうちに)全く忘れてしまったのか、それともそれを覆い隠すために作られた重大な虚偽であると思います。

◆『止まった時計』シガチョフ事件 p189

  上祐さんの電話で、はっきり覚えているもう一つの話は、弟たちを教祖としてアレフに戻したい、と言われたことです。この話にわたしは仰天し、怒りました。 上祐さんは、「猊下(弟たちのこと)を信仰の対象に戻すだけだから、猊下方はアレフ内に入らないでいいし、アーチャリーも関わらないでいい」「あとは任せ てくれたらいい」と言いました。
 アレフに入会せず、社会で生きていこうと苦労しているわたしたちを、上祐さんはどのように考えていたのでしょう か。まるで、アレフ内の人事異動のように、当然のように上祐さんは言いました。わたしは怒りを抑えながら、「もう弟たちはアレフに属していないし、普通に 育ってくれたら良いと思っている。いい加減にして下さい!」と伝えました。



 こうした事実は、全くありません。そもそも、長男・次男は、麻原・オウムの教義では、「リンポチェ猊下」の称号と共に、家族を含めた全ての弟子の上に位置づけられており、「麻原の獄中メッセージ」では、長男・次男が後継「教祖」に任命されています。

 よって、この当時、麻原に依然として帰依している状態にあった上祐が、長男・次男を教団に戻すとか、戻さないといったことを自分で決める権限は到底ありえず、そのようの発言をすることもあり得ません。

  なお、「長男・次男を教祖とするように」という麻原の獄中メッセージの内容を実行し、信者たちに指示したのは、ほかでもない三女自身でした。97年に、三 女は、集まれる信者たちを集め、長男・次男を連れて、信者たちの目前で、これからは弟たちが教祖となること、「猊下」と呼ぶようにということ、麻原を開祖 とするように、という指示を出しました。

 実際には、三女自身が、上祐に対して、「10年は、あなた(=上祐)が教団を主導する時代よね」という主旨のことを言ったことがあります。これを言い換えるならば、長男・次男が成人するまでということです。
 また、麻原の妻が、三女と共に、上祐の教団改革にストップをかけてきた時は、三女が同席する中で、妻が「あなた(上祐)は教団を預かっている立場であることを忘れないように」などと言って、いずれ長男・次男ら家族が教団を主導することを示唆していました。

 こうして、麻原の家族が、麻原色を薄めようとした上祐らの教団改革を止めようとした動機としては、家族の元に教団を維持したいという一面があったと思われます。その動機は、三女より、麻原の妻が一番強いように思われましたが、その家族の動きに三女も同調していました。

 以上のことから、ここで三女が書いているように、上祐が、長男次男の復帰の話をいきなりしたので強い憤りを覚えたという状況は、あったはずがないのです。
  実際に、当時の上祐が持っていた考えとしては、①当面は、長男・次男が教団に復帰することは社会環境からして難しいが、②本人が希望する限りは、永久に復 帰しないことも考えられないため、③復帰の時期・形をよく考えつつ、まずは事件を反省・謝罪して賠償を行ったり、麻原色を薄める教団改革が必要である、と いったものでした。

 では、なぜ、三女は、こうした話をするのでしょうか?
  そのカギは、実際に10年以上たった、最近のアレフの状態に関係すると思われます。

 というのは、2015年の現在、麻原の妻(三女の母)や、最高幹部である二ノ宮らが主導するアレフの主流派は、この麻原の獄中メッセージによる指示に従って、教団に戻る気持ちがある次男を、教団に戻そうとしていると言われています。

 一方、三女・次女・長男は、次男の教団復帰に反対であり、長男は自らの教団復帰を否定しています。そのため、この両グループの間で、すなわち、家族の間で、教団が分裂し始めており、主流派が、三女派の信者多数を除名しているとされています。
 麻原の妻・二ノ宮からすれば、三女の、麻原が後継教祖とした長男・次男の教団復帰を認めないという考えは、麻原への帰依に反することであると、三女を批判しているようです。

  一方、三女の考えに共鳴する信者は、麻原の長男・次男の後継教祖の指名は、1996年に破防法が適用される可能性があった際に、それを回避するための方便 として、麻原が教祖を降りた際のものであって、破防法適用が回避された今の時点では当てはまらないことだと主張しています。
 この背景には、要するに、「グルは尊師(麻原)だけ」という考え方です。長男次男=猊下よりも、麻原に、永久の教祖・グルを求める心情の強い人たちです。

 しかし、重要なことは、これは現在のことであり、上記2000年の当時は、三女を含めた家族には、永久に長男・次男が、永久に教団に復帰しないという考えはなかったことは、既に述べた通りです。
 ところが、現在の三女は、次男の復帰のために、母親たちと激しく対立する中で、以前は復帰することを考えていたということさえも、認められない状況なのかもしれません。

 こうして、この部分の三女の虚偽の記載は、
 ①上祐の教団改革を止めたのは、家族の復帰のためではないという予防線を張りながら、②上祐がアレフ時代に、麻原色=麻原家族色を薄めようとした事実を活用し、自分は以前から長男・次男の復帰に強く反対してきた、と主張したいのかもしれません。


◆『止まった時計』 シガチョフ事件 p190

 高校1,2年(2001年~2002年)のころ、ある日、接見禁止が解かれた人と接見しに、東京拘置所に行った帰り道、ひどい剣幕の上祐さんから電話がかかってきました。
「なんで勝手に接見に行った!」「アレフの人間には、接見を禁じているのに、アーチャリーたちが接見をしていると、首尾一貫しなくなるだろう!」
と怒鳴り続けました。わたしはアレフの人間ではないのに、どうしてアレフの決まりを守らないといけないのか、理解できませんでした。
・・・ 上祐さんだけでなく、教団全体が、「松本家は、対外的な問題のために、関わらないふりをしているだけで、本当は教団の構成員」だと思っていた節がありま す。しかし、わたしたちは、実際に教団を離れた折、アレフに入会もせず、支援も受けず、社会の中で、自分の意志をもって生きていました。




 この記載の通りの事実はありません。
 繰り返しになりますが、当時の上祐が、三女に対して、こうした「上から目線」で対応することは、オウム教義上できません。

 確たる事実としては、①上祐がいた際のアレフは、教団内の信者に関しては、社会的な問題が起きないように、事件を反省していない拘留者と接見は自粛していたこと、②三女は、死刑囚を含め、多くの拘留中の元幹部と接見を繰り返したことです。
 その一方、上祐と三女の間で意見の違いが表面化して、上祐が三女に面会の自粛を(怒鳴って命じたのではなく)お願いしたことがあったかは、今となっては定かな記憶がありません。

 しかし、今年の3月の読売新聞は、三女が、裁判では麻原を厳しく批判しているはずの元オウム幹部の林泰男死刑囚が、三女との手紙のやり取りをし、その中で、三女に対して、麻原の延命のために、再審請求をするように促しているという報道をしました。
 三女は、この記事は、自分が麻原の延命活動をしていると主張するものだとして、それを不服として、訴訟を提起したようです。そして、読売の記事の正当性はともかく、上祐の接見自粛は、こうした社会的な批判を招くことを避けるものであり、適切なものだと考えられます。

次回は、以下の内容となります。


>>③ 2003年の「上祐外し」に中心的関与

④ 2005年・06年の「正悟師外し」への関与

⑤ 補足:2014年前後からの教団への関与

⑥ まとめ:三女が虚偽を述べる理由、疑い、問題、評価ほか



麻原三女『止まった時計』の虚偽① 99年まで

(※記事をこちらのURLに移行しました 2015/06/19)
(2015年05月12日http://hikarinowa.net/kyokun/newsblog/1999/99-1.htmlの記事)

  『止まった時計』(講談社)においては、残念ながら、事件後のオウム真理教や、その後継団体のアレフにまつわる出来事に関して、多数の虚偽の内容が含まれていました。

 この件は、報道機関からも、私たちに問い合わせがあり、その一部はすでに報道されました(「週刊新潮」5月7日・14日号、p43)。
 ただし、報道されていない部分もありますので、以下にお伝えします。


 まず、麻原三女である松本麗華氏の、時代ごとにおける基本的な位置づけについてです。

① 長男・次男が生まれる前まで

 三女は、麻原に長男・次男が生まれる前までは、「麻原の後継者」とされ、麻原の指示で、上祐を含む「全ての弟子の上」に位置づけられた麻原の子供(「皇子」)の一人です。

② 95年以降の麻原の不在の教団

 95年以降の麻原の不在の教団でも、麻原の獄中の指示に従って、その集団指導体制「長老部」の中心人物(座長)に指名され、教祖後継者とされた長男・次男がいまだ幼少であるために、教団の事実上の「最高権力者」の立場にありました。

  そして、「子供だから何もわからなかった」とした三女の著作の主張とは異なって、三女自らも、その麻原の指示通りに、強力な指導者としてふるまった確たる事実があり、私たち当時の多くの信者たちは、それを繰り返し、実体験しています。

  その「麻原の獄中メッセージ」を見れば、三女が、上祐よりも上の立場であることが、明々白々となります(詳しくは後述)

③ 2000年

 この(2)の事実は、2000年になって、受刑を終えた上祐が教団に復帰し、三女が、教団を形の上は去った後も続きました。
  
 日常の実務の運営は別として、教団の宗教的に重要な事柄に関しては、当時の上祐らが依然として麻原に帰依をしており、麻原の指示を守る必要がある以上は、変わることはなく、上祐らの教団内の幹部が、三女の合意を得る形で継続しました。

 これは、三女が著作で主張するような、上祐との個人的な友人関係ではなく、「麻原の獄中の指示」を反映した、教団運営の原則であり、上祐の義務だったのです。

  実際に、2003年以降、三女ら家族が、社会融和路線を進める上祐を教団運営から外し、さらには、野田・村岡といった幹部も教団運営から外していく結果となりましたが、これは、三女ら家族が、上祐らよりも上の立場にあったことを明白な証拠です。
  私たち当時の多くの信者たちも、それを実体験しています (詳しくは後述)。

④ 2014年頃

 ただし、遅くとも昨年2014年ごろから、三女が事実上の最高権力者という状況に変化があったことは事実です。
  (変化の開始の時期は正確にはわかりません)。
 それは、長男・次男がいよいよ成人し、そのうちの次男が教団に戻る意思があるとされているからです。

 そのため、三女が教団全体を仕切ることができない状況が形成され、今のアレフは、三女や長男の考えに賛成する者と、次男や麻原の妻の考えに賛成するものとの間で分裂状態にあるとされています。


  よって、三女の著作の主張とは異なって、

①三女が、長らく事実上の最高権力者であった事実は、ゆるぎないものであり、

②今後は、三女は、アレフ全体はコントロールすることはできないと思われるものの、三女・長男の考えを支持する者には、従来同様の影響力を有し続ける可能性があります。(詳しくは後述)。

③ただし、上記の事実が、公安調査庁が、三女を、教団の役職員と認定したことまで正当化するかは疑問で、2000年以降の、三女の教団の外からの関与は 定期的ではなく、オウムの教義で、麻原の家族の同意・意見が必要な場合や、教団の主導者等に関して、三女らが関与したい時に限られていたと思われます。

 なお、「麻原の獄中メッセージ」は、本年3月に、大々的にテレビ東京が、番組内で取り上げられており、当局も把握しており、後にご紹介します。

 以下に、その事実を、証拠をもって記します。



【1】麻原の「獄中メッセージ」(95年・96年)

 以下が、95年、96年頃の、麻原の「獄中メッセージ」の該当箇所で、
 ・麻原に替わる教祖を、麻原の長男・次男とすること
 ・教団運営体制を「長老部」とし、その長を、三女とすること
 などが記されています。

  ※なお、以下の内容は、正真正銘の麻原の獄中メッセージであることは、すでに獄中メッセージの件を報道したテレビ東京のスタッフが、その独自のルートで入 手したものと同じであることを確認するなどして、確かめています。なお、一部個人情報はプライバシーの関係上、●●で削除しています。

96.6.5

・教祖――長男=鏡暉・リンポチェ猊下
       次男=璽暉・リンポチェ猊下
  カムトゥル・リンポチェ、自分の子供達もリンポチェである
  チベット政府への配慮からパンチェン・ラマの名前は使わない

・教団運営
  ドゥルガーから始まる子供達、正大師・正悟師をミックスして
   長老部を設ける
  全員が参加して教団運営に当たる
  長老部から排斥する場合
   ・本人の意思による場合
   ・派閥争いを避けるため一人でも反対したら不可
     だれかをやめさせる場合は全員一致で決定
  座長――アーチャリー正大師



 さらに、以下の「獄中メッセージ」を見ると、麻原が、当時社会融和路線(ソフト路線)を取ろうとした上祐の方針・権限を否定し、三女らを上祐らの上においていることがよくわかります。


各位 ●●弁護士経由のものをお送りします。

10/13
アーチャリー正大師を(→の)補佐を3人(アキテル、ギョッコウ、●●●)
(中略)
上祐の権限は消滅した

10/16
ジョウユウの方針はいかん。もっと強い態度で教団の運営管理にあたるべきである。
上九から引き上げるようなことは絶対にいけない
ソフト路線などは一切してはいけない
崩壊に追い込むために益々追い打ちをかけて攻撃してくる
自主解散はずっと後のオプションとしては考えてもよいが、すぐ発表すべきではない、
とジョウユウに伝えていたはず。
警察や公安への陳情など何の効果もない。
教団からジョウユウの色を消すように



 さらに、三女の著作の主張とは異なって、この獄中メッセージでの指示に基づいて、三女は、教団の運営のために、獄中の麻原とのやりとりをしています。
 以下は、その具体的な事例です(なお、三女の著作の中にも、三女の宗教名が、「山の娘」であると記されています)。


96.3.28
(中略)

●山の娘(三女):最近死ぬサマナが多いが、これは神々の意思でしょうか。

愛する娘へ(※麻原の三女への回答)

  オウム真理教は、新しい時代へ一歩足を踏み入れたように思われます。そして、その過渡期において、エネルギーのひずみが完全に修復されていないのではない でしょうか。真に高い霊性を求める人たちの集いに確実に変容していますよね。この状態だと、一般の人が求めている宗教の最高のレベルのニーズについては、 あっというまに達成され、生きるカルマが切れて死んでいっているように思われます。したがって、生きる死ぬの両方についてこだわらず、淡々と限界の修行を 続ける、あるいは、個人の能力に応じて限界の修行をさせるだけで、あなたは立派な役割をしていることになると思われますので、しっかり頑張ってください ね。

●山の娘(三女):
●●●●●●●●●師が陽神で尊師に会いに行ったと言っているが、それは本当か。
(中略)

  神の世界に入ることは素晴らしいことですが、神の世界は非常に広く、また低い世界から高い世界まであります。この期間中にはっきり私が認識できたのは、 ●●●●●●●●●だけでした。したがって、陽神が出たとするならば、何度でも再現が可能になるはずだし、その人が観想した神の形状は、意図した人の心へ 投影できるはずです。これをためさせてみてください。またこの時、クンバカは少なくとも5分以上になり、五大エレメントのコントロールその他も簡単にでき るはずですので、ためさせてください。


 上記のように、三女は、麻原不在の教団運営において、上祐ら幹部たちよりも上の権限・権威を持ち、そのようにふるまっていました。

 しかし、『止まった時計』「第三章 事件と父の逮捕」、「第四章 唯一の正大師となって」の中の記載は、上記の前提が抜けた状態での記載となっていました。



【2】観念崩壊セミナー(96年)


特に、p119の96年中頃に行われた「観念崩壊セミナー」においては、昨日発売された「週刊新潮」に、当時を経験した宗形のコメントが掲載されているように、三女の、監修・指示のもとで行われていたものです。

 以下は、経験者の証言です。

●細川美香(ひかりの輪副代表)

  私が参加した時、セミナーが進むなかで、三女が、「みんなのやる気が感じられない」ということで、そのときの参加者の人たちを一列に並べ、三女が、1人ず つ「やる気あるのか!」と聞きました。それに対して、参加者は「やる気あります」と答えたのですが、その返答を聞き、三女は参加者を二列に分け、一人一人 確認していきました。

 そして、最後の1人まで、「やる気あるのか!」と、確認し終わった段階で、二つの列のうち、一つの列の人たちは「やる気が感じられない」ということで、三女が、彼らを、施設の外に出すように指示しました。

 セミナーの際は、基本的に、修行監督はいましたが、監督は何をするにつけても、まずは三女に確認し、三女に確認した内容の指示が出されるという状況でした。

  セミナーの最後に、セミナーの「卒業認定」というのがありましたが、それは、三女の目前で、「決意文」を、1人1人が読み上げ、「心がこもっている」と、 三女が感じれば「合格」で卒業でき、三女がOKしなければ、「不合格」で居残り組になりましたが、やはり最終的には三女が決定していました。

  同じ回に参加した人たちの中には、教団の戒律を破った、ということで、長時間の極限的な「縛り蓮華座の修行」(両足を交差して、座る厳しい座法)を課せら ている人がいて、彼らは、痛みのあまり叫んでいました。後から、彼は、三女の精神的な追い込みへの負荷と、足を縛り続ける痛みの余り泣き叫んだ後、叫び声 がうるさいと、猿ぐつわをされて何かに縛り付けられ、そこで自殺を計り、気絶寸前で、三女から平手打ちでたたかれ、意識が戻ったということでした。

 その人は、脱会して、自分のブログに、そのときのことを載せています。

「観念崩壊セミナーで、自殺を試みた 元P氏のブログ」
 http://ameblo.jp/ommanipemehum/page-7.html

●宗形真紀子総括文「麻原彰晃とわたしの魔境」より

  はじまりは、ある意味子どもの思いつから始まったようなもので、三女の「大きな施設があるうちに、信者が都会で煩悩的になって修行できなくなる前にみんな を引き上る手助けをしたい」という思いに、一般の「自己啓発セミナー」の体験者の経験が合わさって、効果がありそうなのでと試しに企画されたセミナーでし た。

 私が監督としてかかわった初期の頃は、「解脱のために観念を崩壊する」ということで、「まずは、監督自らがそのようにしなければならない」という三女の指示に基づき、皆の前で例えば次のようなことを行いました。
 顔を醜く歪ませて、うめき声や叫び声を上げながら狂人として振舞ったり、当時は一見しとやかな女性に見えた私は、女を捨てる必要があると言われ、口汚い言葉で罵声を発し、ヤクザのような振る舞いをしたりしました。
 三女の指示で、男性は、女装させられ、サティアンの前にいる警察官の前で踊らされたりしました。

 最初はけが人などが出る内容ではありませんでしたが、参加した人の話を後から聞くと、どんどんエスカレートしていき、負傷者や、意識を失いかけ死にかける者などが出、その結果、脱会者も多数出るという悲惨な結果のものとなったのでした。
(中略)
  例えば私も一緒になって行った「突っ込み」と呼ばれたものでは、数人で1人の人を取り囲み、罵声を浴びせ、対象となった人の弱点や問題点などのネガティブ な面を責め続け、本人の悪行についてすべて告白させ、本人が涙を流して懺悔するなど、三女が「いい」と、許可を出すまで続けるということを行いました。
 大の大人の男性が涙を流すまでですから、かなり深層心理をえぐるような厳しい内容や、人格の尊厳を傷つける恥などについて責め続けていました。

  ところが数日経ったとき、その矛先が今度は参加者でなく、監督の1人である私に向けられ、三女と他の監督たちから、罵声・軽蔑・無視されるなどのことが行 われ、三女から、「お前はどうしようもないヤツだ」と、監督から排除され、その後、何ヶ月にわたり無視され続けるということがありました。
(中略)
  このセミナーで三女は出家信者たちから、恐怖を伴う神格化をされました。セミナーの課題は三女が出し、その課題をこなせたかどうかの判定も三女の独断で す。三女がOKしなければ苦痛と恐怖の伴う尋常でない修行と呼ばれるものを続けなければなりません。三女に気に入られなければならないのです。

  三女を「三女のグルとしての力量を知った」「マハームドラーをかけて後輩弟子を導くことのできるステージ」と言って賞賛し、さらに神格化する人がたくさん 出ました。一方、脱会させないために行ったセミナーであったはずなのに、三女に恐怖してそのまま脱会した人もたくさん出る結果となりました。

●吉田恵子(ひかりの輪指導員)

 わたしが参加したセミナーでは、大の大人が、「傲慢だ」ということで、車で遠くに連れて行かれ、一人で、何も食べずに何日か後にふらふらになって戻ってくる、ということがありました。いつも強気のその男性は、おびえた様子になっていました。
 また、傲慢だということで、縛り蓮華座を長時間課せられた人たちがいました。すべて、三女が監修していました。


●小林由紀(ひかりの輪スタッフ)

 観念崩壊セミナーに参加したわたしの知人の女性は、「縛り蓮華座」を続けさせられ、足がうっ血して、毒素が内臓に回り、救急車で運ばれる危険な状態になり、その後、足をびっこをひく身体障害者となってしまいました。


●内容の全体
「ひかりの輪 団体総括」より


 悪天候の中、連日屋外に放置して食事を与えない、食事を与えなかった状態でいきなり無理やり大量に食べさせ、吐いたら吐いたものをまた食べさせる、水を浴びせ続ける、単純な運動を長時間繰り返させる等の、行き過ぎた「修行」が課せられたのでした。

  その結果、救急車で搬送され、入院して両足を切断しかけるほどの重篤な症状になった者、その後も足に後遺症が出て足を引きずることになった者、転倒して頭 を打って負傷した者、酸素吸入が必要な状況になった者、意識を失いあやうく死にかけた者、断食後の無理な食事で胃の手術を受けることになった者、熱射病に 罹患する者が出るという異常事態となりました。


以上が、96年頃までの状況です。
次回は、以下の事実について掲載します。

>>② 2000年~裏から教団に関与

③ 2003年の「上祐外し」に中心的関与

④ 2005年・06年の「正悟師外し」への関与

⑤ 補足:2014年前後からの教団への関与

⑥ まとめ:三女が虚偽を述べる理由、疑い、問題、評価ほか


麻原家族の教団関与の事実に関して(最近の三女のメディア露出に伴い)

最近、麻原の三女・松本麗華氏がメディアに露出し、麻原の家族がアレフ教団に関与していることを否定しており、ひかりの輪の証言と食い違っている(上祐史浩の発言や著書宗形真紀子の著書、ひかりの輪スタッフの証言)というお問い合わせを受けましたので、改めて以下の通りお知らせします。


1.複数の証言があります


上祐史浩らひかりの輪スタッフが10年以上前にアレフにいた時から、麻原の三女と妻等の家族が、アレフ教団の運営に関与・介入していた事実については、野田成人氏(元アレフ代表)や村岡達子氏(同じく元アレフ代表)らの複数の第三者の証言(書籍・雑誌など)を集めた資料があります。

>>「麻原家族の教団関与の実態」目次・まとめページ



2.警察による証拠発見の報道があります

さらに、その後も、2012年に、アレフ教団が、麻原の三女や妻らに教団運営に関して「お伺い」をしたメールが強制捜査で発見されたという読売新聞の報道があります。

>>「アレフ信者、松本死刑囚の妻子に指導仰ぐ文書」の記事(読売2012年1月24日)


麻原三女・松本麗華氏のメディア露出は、まるで20年前・オウム信者だった頃の上祐の姿を見ているかのようです。

客観的に見ると、無理に無理に麻原と自分を守ろうと発言し、社会の注目を浴びた後に、「嘘つき」としてぼろぼろになるのではないでしょうか・・・・・・
傷が浅い今のうちに、思いとどまってくれたらと願ってやみません。
すでに、多くの方々を巻き込んでいます。
歴史から学ばぬ者は歴史を繰り返す、そうしたことを考えさせられます。

4月29日、札幌にてアレフ脱会相談受付中です。

◆札幌でのアレフ脱却支援のご相談受付

 4月29日に、札幌にて、アレフ(旧オウム真理教)の脱却支援を受付しております。

 札幌は、アレフ(旧オウム真理教)洗脳的勧誘活動が、全国で最も突出している地域であり、その被害を受けた方からのわたしたちへのご相談が続いています。

 ご家族が入信してしまったなど複数の方の深刻なご相談があり、できる限りの脱却支援をさせていただいた結果、多数、脱却に成功したケースがあります。

 札幌へは、遠方のためあまり頻繁に伺えないので、ぜひこの機会をご活用いただければと思っております。(念のため申し添えますが、ひかりの輪に入会しなければならないということはありませんので、安心してご相談くださいませ。)


◆お問い合わせ

◎ひかりの輪仙台教室(北海道・東北地区) 担当:吉田恵子 
  住所:宮城県仙台市宮城野区東仙台5丁目-30-23
 担当者携帯電話:080-3807-3652(吉田)
  支部窓口電話:022 - 298-6063
 メールアドレス:sendai@hikarinowa.net

11月20日、札幌にてアレフ脱会相談を行いました。


◆札幌でのアレフ脱却支援のご相談受付

 11月20日に、札幌にて、アレフ(旧オウム真理教)の脱却支援をさせていただきました。
 
 札幌は、アレフ(旧オウム真理教)洗脳的勧誘活動が、全国で最も突出している地域であり、その被害を受けた方からのわたしたちへのご相談が続いています。

 ご家族が入信してしまったなど複数の方の深刻なご相談があり、できる限りの脱却支援をさせていただいた結果、多数、脱却に成功したケースがあります。

 札幌へは、遠方のためあまり頻繁に伺えないので、こうした機会を、今後も、ご活用いただければと思っております。(念のため申し添えますが、ひかりの輪に入会しなければならないということはありませんので、安心してご相談くださいませ。)

 定期的に、札幌にて、脱却支援のご相談を受け付けしておりますので、お問い合わせくださいませ。


◆お問い合わせ

◎ひかりの輪仙台教室(北海道・東北地区) 担当:吉田恵子 
  住所:宮城県仙台市宮城野区東仙台5丁目-30-23
 担当者携帯電話:080-3807-3652(吉田)
  支部窓口電話:022 - 298-6063
 メールアドレス:sendai@hikarinowa.net

「アレフの勧誘の実態」目次・まとめページ

(改訂2014年6月5日)

このページは、
「アレフの勧誘の実態」
カテゴリーの目次ページです。

  このカテゴリーは、①地域別:アレフの勧誘の実態、②アレフの洗脳的な教化の実態 
の2つに分かれいて以下の記事があります。
 各記事は、新たな情報があれば、随時加えて、更新していきます。
 初めてこのカテゴリーをご覧になる方は、この目次ページからご覧ください。


>>アレフの詐欺的なヨガ教室(アレフを偽装したヨガ教室)の、全面活動停止を求めます


①アレフの洗脳的な教化の実態(覆面ヨガ教室勧誘)


>>1 アレフの洗脳的な教化の被害者を、これ以上増やさないために

 このカテゴリーの意味合いについて書いています。
 この内容は、実際にアレフから洗脳的な教化を受けた方々の実体験に基づいています。

>>2 アレフの洗脳的教化のパターン ①アレフと素性を隠して、覆面ヨガ教室に勧誘する

 まず最初の、アレフの勧誘の手口です。

>>3 アレフの洗脳的教化のパターン②「(覆面)ヨガ教室」で、ヨガのクラスや、ヨガ理論・輪廻転生論の「勉強会」を行う

 次の段階での、「(覆面)ヨガ教室」の実態です。

>>4 アレフの洗脳的教化のパターン③ 陰謀論の植え付け

 次の段階で、世界に対する「陰謀論」の植え付けの長時間の教化が始まります。

>>5 アレフ洗脳的教化のパターン④ 「オウム事件は何者かの陰謀」と言い、入信させる
 
 次の段階で、「オウム事件についても、世界の巨大組織などの何者かの陰謀で、教団がやったことになっている」と思い込ませます。

>>6 入信後のアレフの洗脳的教化① 麻原は絶対としてその崇拝を指導、オウム事件に非現実な解釈を説く

 入信後は、麻原を絶対視・崇拝する信仰を指導し、オウム事件についても、新たなアレフ独自の見解を述べ始めます。
 
>>7 入信後のアレフの洗脳的パターン② 脱会を妨害するとき

 脱会を阻止するために、「地獄に堕ちる」などと脅しのようなことをすることがありました。

>>8 アレフの洗脳的教化は、詐欺・恐喝・不法行為に当たる可能性がある


 こうしたアレフの洗脳的教化が、不法行為に当たる可能性があることについて、ある裁判の判決事例から述べています。


9 その後、実際に起きた法的問題や、ニュース報道など

2012年(新しい順)

>>6月24日 アレフ:サークルを通じ学生を勧誘 オウム事件知らない世代(毎日新聞6月24日)との記事が出ました。

 アレフが、関西の私立大学の構内で、アレフを隠したダミーサークル「オールジャンルサークル」として勧誘活動していることが発覚し、大学側がやめるよう通告したとのこと

>>3
15日 オウム被害者機構」による、アレフの著作権侵害に関する調停申し立て
  オウム真理教犯罪被害者支援機構は、アレフ(Aleph)に対して、
同機構への被害者賠償金の支払いを求めるとともに、
・同機構が著作権を有する、麻原の説法集などの教材一切を無断複製・頒布しないよう求めて、
東京簡裁へ調停の申立てをした旨を発表しました。

>>2月4日、アレフが北海道で、偽装ヨガ教室で信者を多数増やしているとのニュースがありました。「アレフ新規信者、北海道で突出…全国の36%
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120204-OYT1T00151.htm
(2012年2月4日08時59分  読売新聞)



②地域別:アレフの勧誘の実態

>>1.アレフを隠した覆面ヨガ教室・関係者・実地場所リスト

 これまでご相談のあった、数十名の被害者の方から教えていただいた、アレフを隠した覆面ヨガ教室の情報をまとめました。

>>2.【北海道・札幌】アレフの勧誘の実態

 北海道では、報道などによると、アレフの新規入信の割合が最も多く、勧誘活動が活発な地域とみられています。

3.>>名古屋地区での覆面ヨガ教室

ミクシィを利用してのヨガ教室勧誘です。





名古屋地区での覆面ヨガ教室

昨年後半から今年前半にかけて名古屋地区で2人の方のアレフ脱却の支援をしました。
2人ともほぼ同様の手口で覆面ヨガ教室そしてアレフへと導かれています。

以下にその概要をお伝えします。

まず、ミクシィで無料占いを知って、実際に会って占いをしてもらった。1人の方はまったく見ず知らずの人からメッセージがきて無料占いを誘われた。もう1人の方は、ミクシィ上で無料占いします、というのを見てということです。

占いは手相や四柱推命など。占い師は60代の品のいいおばさん(アレフ信者)。
占いは今度じっくりということで、次回にまたということで次に行って、そこからヨガに話をもっていきヨガ教室に通うことになった。

ヨガ教室の内容は、ヨガは30分くらいで、あとはお話。話は、チャクラとクンダリニーの話で「チャクラ診断」などというものも行った。
それから、チベット仏教のお勉強。
そして、陰謀論の話も多くその中でさらりとオウムの事件のこともでた、とのことです。

6~8ヶ月くらいで卒業ということで、最後の日に卒業ということで、そこでアレフと明かされ次の段階へという感じで入信へ。

アレフ信者でありながらサクラとしてヨガ教室に来ていた人もざっと10人くらいはいる様子。

ヨガ教室の場所も複数あるという。

まとめますと、以下のようになります。

・勧誘の流れ:ミクシィで無料占い → ヨガ教室 → アレフ
・占い担当:中○ゆ○こさん という60代の女性
・ヨガ教室:ヨガは30分ほどしかやらない。話がほとんど。
     「チャクラ診断」 「チベット仏教」 「陰謀論」 最後に「卒業」などがキーワード。
・ヨガ教室の場所:鶴舞のマンション。他に複数ある。

これくらいのポイントがわかれば、ヨガ教室の段階でアレフの覆面ヨガ教室とわかると思います。

続報:アレフの幹部除名問題

先日(5/24)にお伝えしましたアレフ幹部2名の除名について、アレフ内部で出された正式文書の情報提供がありましたので、掲載します。(アレフの内部の情報源(現役出家者)から確認)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      師2名の除名処分について


2014年5月13日、臨時の合同会議が開かれ、以下の処分が決議されました。

1.ヴァジラプシュパ師を除名処分とすること
 ヴァジラプシュパ師は、ヴァジラチッタ・アティアッサージ正悟師の言動に問題がある旨運営委員会に申し出、その後、自らも運営委員として議事進行に責任を有する合同会議において、事実関係の確認を含めて審議が行われていたにもかかわらず、その手続きを無視して、本年3月3日、ヴァジラチッタ・アティアッサージ正悟師への内容証明郵便を弁護士を付けて自宅宛に送付し、運営委員会による調査(本人及び証人への聞取り)とは異なる事実関係を記した謝罪文の交付を要求し、「返事如何によっては訴訟を起こす」との脅迫を行ないました。
 その後合同会議では、両者の仲介をするための調停が試みられましたが、ヴァジラプシュパ師は、それでも内容証明郵便を取り下げることなくヴァジラチッタ・アティアッサージ正悟師に謝罪文の交付を要求し続け、本年5月9日の時点でも、訴訟を起こすことについて「考え中」であることを合同会議側に明言しました。
 合同会議では、ヴァジラプシュパ師の一連の行為を三宝に対する破壊行為であると認め、過去の処分例(成就者に対して訴訟(民事調停)を起こして慰謝料60万円を請求したサマナに対する会員資格停止処分等)を踏まえ、ヴァジラプシュパ師を除名処分とする提議を採択しました。

2.マハーラーキニー師を除名処分とすること
 マハーラーキニー師は、本年4月23日、長期修行を抜け出し、その日の17時頃、横浜道場に戻って以前の自室も占有し、現道場長であるプンニャキリヤ・パヒタ・パンニャッタンガ・アーローハ師補らが直ちに修行に戻るよう要請してもこれを全く無視し、「教団運営に権限があるのは、合同会議のメンバーであるわたしです」と一方的に主張し、ヴァジラチッタ・アティアッサージ正悟師の上長としての地位及びその指示(長期修行及び道場長交代)を無効と見なし、修行の終了と道場長復帰を宣言してそのまま横浜道場内に居座り、バラバラで道場活動することを前提に信徒への面談を強行しようとしました。
 横浜道場側からの緊急連絡を受けて現場を訪れた他の師らの説得により、数時間後、マハーラーキニー師は横浜道場から退去しました。



アレフの幹部2名が除名:二ノ宮最高幹部(正悟師)と対立か

 様々な情報源から、最近、アレフの女性幹部2名が除名処分となったという情報が入ってきました。
除名されたのは、ヴァジラプシュパ師こと東久美子、マハーラーキニー師こと江藤稲子という女性です。
この除名に関する内部通達が出たことは、アレフの内部の情報源(現役出家者)から直接確認されました。

 その理由は厳密には未確認ですが、アッサージ正悟師こと二ノ宮耕一最高幹部と対立した結果と推察されます。ある情報では、通達を出した二ノ宮側の主張として、この女性達が、二ノ宮の言動を問題視し、裁判に訴えるとして、二ノ宮を脅迫したり、集中修行に入るようにという指示を無視し、支部施設に居座ったという話しが伝わってきています。

 また、女性側の主張としては、二ノ宮が、昨年マスコミでも報道された串刺し事件を起こした上に、今年に入っては、女性を殴るという言動があったため、それを批判したところ、二ノ宮が立腹し、除名処分に追い込んだ、という情報があります。

 これらの情報から推察されることは、女性幹部が、(公の)問題にしようとした言動が二ノ宮にあり、それに対して、二ノ宮側は、それを逆に不当な批判(脅迫)と主張し、その意味で、双方ともが、自分達が被害者であり、相手に非があるという立場を主張していることになります。

 仮に、これが事実とすれば、アレフが、その布教活動の中で、一連の事件は自分達の教団が起こしたものではなく、闇の権力等の陰謀であり、自分達は被害者である、と主張しているのと共通した要素が感じられるのではないでしょうか。これまで外部社会を批判してきたのと同じように、今や教団の内部で互いを批判していることになるのです。オウム真理教時代から続けている、問題を他人のせいにする、という堕落した精神の結果を示していることになるでしょう。

 さらに、彼らが日頃、機関誌や、支部道場などで、会員信者に対して、聖者であると主張し続けてきた幹部信者が2名も、彼ら自身の決定で、大きな道徳的な罪を犯したとして除名されたのですから、明らかに、教団の教義・宣伝の矛盾が露呈しています。そして、これは、おそらく、今後展開する更なるアレフの変化の序章のように思われます。その時期は遠くないのではないでしょうか。

 最後に、上記の情報の受け取り・解釈については、直接真偽が確認されたものと、未確認なものをより分けて記載しましたので、皆さんの方でも、それに即して、冷静に判断されてください。

 今回、アレフの幹部の個人名等を記載しましたが、二ノ宮はアレフ教団で最高位にあり、他の2名の女性も、
アレフの意志決定機関である合同会議のメンバーであり、会社で言えば社長と役員クラスという立場にあたる
者であるため、プライバシー侵害に当たらないケース、すなわち、公人の公的な利益に関する真実の情報と
考えましたので、よろしくご理解下さい。

アレフ(オウム)脱却に役立つ書籍

オウム経験者が語るオウム、オウム事件の真実です。
アレフ(オウム)の何が問題なのか? 
そして、それを超克するために役立つ内容の書籍です。


書籍一覧

上祐史浩の著作一覧

━━━━━━━━━━━━━━
■単著・共著
━━━━━━━━━━━━━━


『危険な宗教の見分け方』
〈田原総一朗・上祐史浩著〉
  (ポプラ社:2013年11月5日刊行)

  

 

『終わらないオウム』〈上祐史浩・鈴木邦男・徐裕行著:田原総一朗解説〉
  (鹿砦社:2013年5月30日刊行)




『オウム事件 17年目の告白』〈上祐史浩著:有田芳生検証〉
  (扶桑社:2012年12月17日刊行)

 

 

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■インタビュー掲載書籍

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● 『錯乱の時代を生き抜く思想、未来を切り拓く言葉--鈴木邦男ゼミin西宮 報告集vol.3』(鹿砦社)
〈鈴木邦男×上祐史浩〉



『未解決事件 オウム真理教秘録』(文藝春秋社)
〈NHKスペシャル取材班編著〉



 

 

 

 

 

 

『思わず聞いてしまいました!!』〈プチ鹿島・居島一平著〉

  (スコラマガジン社)




『atプラス13』(太田出版) 上祐史浩+大田俊寛(宗教学者)
特集 「宗教と未来」
対談 上祐史浩+大田俊寛(宗教学者)
       「オウム真理教を超克する~その魅力と陥穽をめぐって」
大田俊寛 「対談を終えて-ひかりの輪と日本社会のこれから」




スタッフの著作一覧

ひかりの輪スタッフの著作一覧です。

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■単著
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宗形真紀子 著
『二十歳からの20年間--"オウムの青春"の魔境を超えて』(三五館 2010)






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■インタビュー掲載書籍
━━━━━━━━━━━━━ 

 

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『公安を敗北させた男 国松長官狙撃事件』

小野義雄著・産経新聞出版
2011年


宗形真紀子のインタビューが掲載。

 

 



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  aumwoikite.jpg
 
『オウムを生きて』青木由美子編CYZO

2010年

ひかりの輪の会員2名(スタッフ・会員各1名)
のインタビューが掲載

 

 



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 『図説 宗教と事件』学習研究社

2009年

 広末晃敏のインタビューが掲載。


プロフィール

アレフ問題対策室

Author:アレフ問題対策室
■脱会のご支援■
「アレフ(オウム真理教の後継教団)」や、アレフを隠したヨガ教室からの脱会支援を行っています。(※ご本人、ご知人、ご家族からのご相談など100件近くに上ります)
■告発と対策■
今なお続く、アレフの諸問題の告発と対策を行っています。
■運営担当■
ひかりの輪STAFFの4人が運営しています。(山口雅彦・宗形真紀子・広末晃敏・細川美香)

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