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【盲信原因と脱却④】アレフの修行による神秘体験を、「過大評価」してしまう

(2012/03/17  05:33の記事)

さらに、オウム真理教・アレフは、修行による神秘体験を強調しますが、
麻原をはじめとする信者らは、その体験の価値を過大視・特別視するという
過ちを犯していると思われます。

この問題については、かつて麻原も師事したことがあるインドやチベットの伝統宗派のグルも指摘しています。

それは、例えば、
「アレフの修行などによる体験は、一時的・一面的な経験であり、まだ真の精神的な浄化・解脱・悟りではない」
といった見解です。

具体的には、サマディ(深い瞑想)のマスターとしてインドで著名なパイロット・ババ師は、
オウム事件後に師に接触した日本やロシアの元オウム信者に対して
「麻原の修行は、行法(肉体を操作して行う修行法)に片寄っていた」
「行法によって一時的に純粋な状態になり、
サマディの体験をして、それが慢心を形成することがある」
という趣旨のことを語っています。

また、チベット密教の有数の瞑想の指導者とされ、一時は麻原も師事したカル・リンポチェ師も、
麻原が師に語った麻原自身の瞑想の体験について、
「(一時的な)体験・経験は解脱・悟りではない」
と繰り返し戒めていました(当時の通訳であった上祐代表の話)。

なお、両師とも、
「麻原は最終解脱者ではなく、その修行は十分ではない」
と考えていました。

パイロット・ババ師は、
「麻原は、プライド(アナハタ・チァクラ)で引っかかってしまい、『自分こそが救済する』といったエゴがあった」
「集まった信者にもプライド・権力欲の強い人が多かったのでは」

と指摘し、麻原を十分に導けなかったことに、自ら責任を感じていると語っています。

また、カル・リンポチェ師も、側近の弟子に対して、
「麻原は、まだ修行をする必要がある」
と語り、麻原にもっと多くの教えを与えたがっていたと言われています。

実際に、麻原が教団にいた時に、その高弟だった者は、
今新しくアレフに入る信者よりも、はるかに多くの深い神秘体験・瞑想体験をしましたが、
その中で、今現在も麻原・アレフを絶対視している者は、先ほど述べたように一人も存在していませんし、その多くが、麻原を強く否定しています。

これらの事実は、彼らがした多くの深い神秘体験は、
麻原が絶対であることを何も証明するものではない
ことを示しています。

しかし、このようなことをよく知らない人達は、アレフの修行の神秘体験が珍しいがために、
安易にそれを過大視し、それがゆえに、麻原・アレフを絶対視してしまう現状にあるのです。

最近は、アレフ以外にも、スピリチュアル系で、
クンダリニー・ヨーガや霊的修行を教える人達も増えました。

しかし、そのようなアレフ以外のものが少ない札幌や京都などで、
特にアレフの信者が増えているという状況があるそうです。
(ちなみに、ひかりの輪の支部も、札幌・京都にはありません)

そして、ここでもう一つ重要なことは、
信者(になる人)は、自分がアレフの修行でした神秘体験について、
その価値を高く称賛されると、
自分の価値を認めてもらえたうれしさのために、
それを信じたいという心理が強く働く
ということです。

そして、この自分を認めてくれた者を信じたいという心理には、
自分ではなかなか気づくことがなく、
この問題については、次の項目で詳しく解説したいと思います。

【盲信原因と脱却⑧】「オウムの過去の犯罪の事実」を、よく認識していない

(2012-03-18  03:11:25の記事)

■アレフ信者の、オウム事件のさまざまなとらえ方

アレフでは、過去のオウムの事件について、
客観的には、麻原・教団の関与を示す圧倒的な証拠があり、
上層部であればあるほど、それをよく知っているにもかかわらず、
教化活動では、事件を正当化しにくいために、


事件を「陰謀」と説き(事件は麻原や教団が陥れられたもので、本当は無実と説き)
そう信じさせるための緻密なプログラム・教材を作成しています。

また、元からの信者の中には、新しい信者を騙すというよりも、
自分たち自身も、自分の信仰を守るために陰謀論を盲信しているという者も、
一部にはいると思われます。

いずれにせよ、麻原への帰依として、陰謀論を説いていたり、信じていたりします

もちろん、信者の中には、陰謀論ではなく、単に、
「事件のことはわからない」
として、事件について考えないようにしている人もいます。

また、事件に麻原が関与したことを認めた上で、それを、
「グルには何か深いお考えがあって……」
などと考えて、それを正当化する人もいます。

中には、
「救済だった、革命の試みだった」
と言う人もいると思われます。


■オウム事件を知らない若者に、アレフが説く事件陰謀論


その中で、最近の状況を見ると、
新しい信者、特にオウム事件を直接的に知らない若い世代の人に対しては、
陰謀説を説いているという情報が多くあります。

この世代の人は、オウム事件の時代を直接的に体験していないので、
事件とその影響の重大性を理解しにくく、
逆に、
安直に陰謀説を信じやすいということができるかもしれません。

アレフが行っている具体的な陰謀説の教化とは、

①アレフと明かす前の偽装ヨーガ教室の段階において、
 まず、
オウム事件以外の様々な事件・出来事の中で、
 
巷でよく陰謀説が説かれる事例などを教えて、下準備をしておき、

>>事例 アレフの洗脳的教化のパターン③ 陰謀論の植え付け



②その後に「オウム事件も陰謀なのだ」という主張をして、
 
その後にアレフであることを明かすという、巧妙な仕組みになっている

>>事例  アレフ洗脳的教化のパターン④ 「オウム事件は何者かの陰謀」と言い、入信させる


という情報が多くあります。


さらに、様々な陰謀説を教え込む際には、
その教材として作成・編集したと思われる非常に長時間のビデオ(のシリーズ)があるとされています。

よって、単なる信者個人ではなく、アレフ教団をあげて、
陰謀論の教化に組織的に取り組んでいる疑惑が持たれています。


■アレフが説く「オウム事件が何者かの陰謀」は虚説


しかし、陰謀説が虚説であることは、周知の事実であり、
それを要約して述べるならば、以下の通りです。


オウム事件の裁判の結果

多大な犠牲者・被害者を出した二つのサリン事件、
坂本弁護士一家殺害事件をはじめとする殺人・殺人未遂事件を含め、
一連の麻原・オウム真理教事件の裁判は、すでに全て終結しており、
その全ての事件で、起訴された麻原や共犯の弟子達について、
有罪判決が確定している。


麻原自身が関与を認めている事実

麻原自身が、刑事裁判で、不規則発言ながらも、
事件関与の全面否定はしておらず、一部の関与を認めている。

地下鉄サリン事件については、自分は止めたが、教団(弟子)がやったことは認めており、
一部の殺人未遂事件(VXガスを使用した事件)については、
自らの関与をも認めている(97年4月24日の東京地裁での意見陳述)。

また、逮捕後に、弁護士を通した連絡において、
「死刑を覚悟しているが、外の信者のために関与を否定する」
という意思を伝えてきている。

また、上祐代表などの幹部信者に対しては、教団がサリン事件を行ったことを認めている。


共犯者の弟子が関与を認めている事実

死刑などの極刑に問われた者を含め、殺人事件で麻原の共犯者となった弟子達は、
そのほとんどが、麻原の関与を認めている。

また、当時の教団活動の反省を書籍・総括文書として公表している人達もいる(早川紀代秀林郁夫等)

実際に2007年までアレフに所属していた中堅幹部(師の一人)は、
教団の内部殺人事件(信者の殺害)において、麻原の共犯者であり、
麻原の目の前で、麻原の指示で、信者を殺害した。
このことは、その幹部信者が、上祐代表のグループの勉強会で告白している。

また、同じ機会に、別の幹部信者は、
自分がサリン製造プラントの建設に関わったことを告白している。

上祐代表も、麻原の指示で、サリンプラントの製造計画があったこと、
自ら炭疽菌事件に関与したこと(菌が無毒だったために被害がなく不起訴)、
サリン事件に加え、坂本弁護士事件に教団が関与したことも暗示されていたことを証言している。
 

アレフの上層部は教団の事件関与を熟知していること

新しい信者に対しては陰謀説を説きながら、
教団を裏から支配している麻原家族や、教団内の最高幹部の二ノ宮耕一などは、
麻原ら教団が事件に関与したことをよく熟知している。

麻原の妻は、麻原の指示でなされた教団内での信者の殺害事件の共犯者として起訴され、
裁判において、麻原の指示・関与を明確に認め、麻原を激しく批判までした(ただし、自分は殺害現場にいたものの、何もしなかったと無罪主張した)。

二ノ宮は、一時的ではあったが、自ら炭疽菌製造に関与したことがあり、
また、2000年前後には、麻原の起こした事件による疑念に悩み、
上祐などの他の幹部信者に相談をしていたことがある。

また、他のアレフの幹部信者も、
上祐がアレフ教団全体の代表として活動していた2003年頃までに、
麻原・オウムが関与した一連の事件の事実を学ぶ様々な勉強会・集会に出席しており、
個々の事件を説明した資料の配布も受けている。

――オウム真理教事件の事実・真実の詳細については、ひかりの輪がまとめた総括文書に記していますので、そちらをご覧下さい。

【盲信原因と脱却⑦-2】輪廻転生への盲信と、地獄へ落ちる恐怖からの脱却体験談

こうした盲信によって、
「輪廻への恐怖があるから麻原への帰依をやめられない」
というオウム・アレフ信者は数多くいますが、
麻原への帰依などなくても、その恐怖を克服することは十分可能です。
以下に、その盲信から脱却したひかりの輪のスタッフの体験談をご紹介します。



■宗形真紀子(アレフ問題対策室)

わたしは、2007年にアレフを脱会しましたが、それまで、脱却を阻むものとして、
最後まで残り続けたのは、
オウム・アレフ・麻原信仰の中核にある
「グルイズム」と「マハームドラー」という独特の考え方でした。
この2つの考え方の基盤に「輪廻転生への盲信」があったのです。

社会の中での事件の現実や教団の現実などに気づいたのにもかかわらず、
その考え方が、わたしのアレフからの脱会を思いとどまらせ続け、
95年から10年もの間の、長い呪縛となりました。

しかし、それを吹っ切れたとき、現実に、盲信をやめ、アレフを脱会することができました。

これはおそらく、多くのアレフ信者にも共通する呪縛だと思いますので、
どうやって抜け出せたのかを、拙著を引用しながら書いてみたいと思います。


1995年 死の恐怖と輪廻転生への盲信から、脱会を思いとどまってしまった


最初に、オウムをやめようとしたときに、その呪縛が思いとどまらせたのは、
1995年の秋、拘置所で取り調べを受けていたとき、
坂本弁護士のご遺骨が発掘されたニュースに触れたときのことでした。
当時の心境を、拙著から抜粋します。

―――――――――――――――――――――――――――――――
『二十歳からの20年間“オウムの青春”の魔境を超えて』三五館 p142~145より)

●「マハームドラー」という呪縛


 取調官に見せてもらった、麻原の逮捕時の、札束とともに隠し部屋に隠れる
という情けない姿での様子を見たときは、一瞬、「なんて情けないんだろう」と
思ったものの、今までもずっとそうしてきたように、すぐに、

「麻原はわざとこのような情けなく見える状況を作り、
それでも付いてこれるか弟子を試すマハームドラーをかけているに違いない」

と考えました。
 
「きっと、この逮捕のされ方も、弟子を解脱させるための、
深遠なグルのマハームドラーの修行に違いない」

と無理矢理強く思い込むようにして、帰依を続ける決意をしました。

 取調官には、自分に言い聞かせるようにして、
「オウムがそんなことするわけがありません。脅迫も身に覚えがありません。
 わたしたちが学んできた教義は虫一匹殺さないもので、
そのように実践しています!」と、一生懸命訴えていました。

 取調官の二人は、最初は、殺人の実行犯だった人の車の運転をしていたわたしを、
凶悪犯人のように扱っていましたが、だんだん、わたしがさまざまな事件を本当に知
らず、凶悪犯人ではないと理解してくれ、しだいに強硬な態度が和らいでいきました。
 そして、「あなたのような真面目な普通の女性は、狂った教団から一刻も早く脱会
したほうがいい」と、親身になって脱会を勧めてくれたのです。
 わたしはそれらに心が動きだしていました。

●坂本弁護士一家の遺体発掘の衝撃と、脱会

 それでもそのように信じたくなく、しかし、さまざまな状況に追い詰められ、
わたしは動揺して、
「あんな残酷な坂本弁護士一家殺害事件が、オウムの犯行のわけがありません。
もし坂本弁護士事件がオウムの仕業だったらオウムをやめます!」
と叫んでいました。

 そして独居房では、現実を受け入れたくないという気持ちや、いったいどういうこ
となのかという疑念や不安、そういったことを打ち消すために、麻原に帰依するマ
ントラを唱えたり、麻原を観想したりして、必死になって帰依を保とうとしました。

 九月になったある日、血相を変えた取調官がやってきて、

「たいへんだ! 坂本弁護士一家の遺体が発掘されたぞ!」

とテレビを見せてくれました。
  信じられない思いで、頭の中で何かがガラガラと崩れていく気がしました。

 「そんなはずがない」「でも遺体があった」
 「オウムがやった」「嘘だ」「それならわたしはオウムをやめなければならない」
 「オウムはやめたくない」

 そういう思いがぐるぐると頭の中を駆けめぐり、涙が出ました。

 そして結局やめなければならないと考え、脱会届を書きました。
 その日は殺人事件の衝撃と、すべてが壊れてしまうショックと悲しみとつらさで
泣いていたのを覚えています。

●死の恐怖と「輪廻転生」の盲信から、脱会を撤回


 脱会届けを教団に送ったことをきっかけとして、悶々とすごしていたある日、
わたしにとっての大きな出来事が起こりました。

 逮捕直後、警察官が極悪人扱いする中、ただ一人わたしに優しくしてくれた
二十代そこそこの婦人警官がいたのですが、その人が休日に鳴門のうず潮に
呑まれて死んでしまったと聞いたのです。

「あんなに優しかった人があんなに若くして死ぬなんて」

と、ショックとともに死の恐怖が間近に襲ってきました

 それをきっかけに、麻原がつねに説いていた

「人は死ぬ。必ず死ぬ。絶対死ぬ。死は避けられない。
 死の前に有効なものは修行とグルとの縁しかない

という言葉が思い出され、

現世ではなく、死や来世に有効なものこそもっとも価値がある

というオウムの教義が思い出され、わたしが脱会しようとしたときに、
身近に起きたこの現象もまた「グルのマハームドラー」のように思えてきました。

「きっとこれは、オウムをやめようとした自分に、麻原が死を見せて、
 何が価値があるのか考えろと教えている現象なんだ」

「いつ死ぬかわからないのだから修行しかない」
と思い直し、

「これは、大きな観念を超える試練についていけるかどうかの
 グルのしかけなんだ、あれだけ救済を説き、ゴキブリ一匹殺さない麻原が、
 もしも事件を起こしたとしたのなら、
 何か未来を見越した深いお考えがあってのことに違いない」
という思いが駆けめぐりました。

「そうだ。そもそも、直接麻原から話を聞かないとわからない。
 裁判が始まらないと真相はわからない。本当は陰謀かもしれない。
 お世話になった生まれて初めてのグルなのだから、
 本人に聞かずにやめるのは浅はかだ。マスコミの情報を鵜呑みにしてはならない」

などと思い直し、必死で、帰依を培う思考訓練をし続けていったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――


このようにして、わたしは、その後10年近くもの間、
アレフで麻原信仰を続けてしまったのです。

その後、現実を直視したり、教団の外の方々や、聖地や、本などに助けられ、
徐々に麻原信仰を脱却していき、
2003年~2005年頃、現実の行動では、麻原を信仰するような修行を
しないようになってからも、

「麻原への帰依をやめたら、
麻原が説いたように無間地獄に堕ちたらどうしよう」


という呪縛が残っている状態があり、アレフを脱会できずにいました。

具体的には、以下のような精神状態でした。


2003年~2005年頃まで残っていた「輪廻転生」への呪縛

『二十歳からの20年間“オウムの青春”の魔境を超えて』三五館
 p80~82より抜粋)

 そのときのわたしの素直な心や感性は、すでに麻原グルイズムよりも、
日本的な、自然の中に神を見るという考え方や、
すべての人の中に仏を見るという考え方などに強く惹かれるように変化していました。

 場所や修行法としても、麻原の写真を拝みながら
自然から切り離された道場の中に閉じこもって麻原を観想する瞑想よりも、
日本の聖地やさまざまな神社仏閣、大自然の中に行くほうが、
はるかに意識が広がり、修行になると実感していました。

 そのため、実際のわたしの行動は、麻原が禁じていたことを無視して、
そういった日本の聖地や自然の中に行くことを選択していました。
 そして、だんだん麻原のマントラが大音響で流れる教団施設での修行になじめなくなり、
外にいることが多くなったほどでした。

 それにもかかわらず、意識のどこかに、一〇年も培った思い込みとして、

「密教の教えにあるように、一度自分が帰依すると決めたからには、
 最後まで帰依し続けなければならないのではないか


というものと、

もしも麻原がレベルの高い特別な魂だったら、帰依をやめることは、
 グルイズムが重視される密教の教えでは、
 グルとの縁を傷つけることになり、麻原が言うように、
 無間地獄に堕ちてしまうのではないか」

という危惧が脳裏のどこかにこびりついているような、
すっきりしない気持ち悪さを感じている状態でもありました。

 これは、わたしが出家当時から最重要視して、ずっと修習していた
「グルイズム」と「マハームドラー」の考え方の影響でした。

 すでに実際の行動はすっかり変化して、現実の行動に影響を与えていない
にもかかわらず、そういった思い込みだけが、観念世界のどこか隅のほうに
残像現象のように残ってこびりつき、まるで呪われているような感覚でさえありました。

 祟りが起きることを恐れているような感覚ともいえます。
 この二つは、それほどに根深く最後まで残っていた、
わたしのオウム時代を象徴するキーワードとなっていました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

輪絵転生の盲信と、地獄に落ちたらどうしよう、という恐怖からの脱却


その後、わたしは、大乗仏教の基本的な考え方や、日本の神道やアニミズムなどを学び、
すべてのものに感謝を培う自己反省法「内観」を実践し、
そして、実際に、多くの教団の外にいる素晴らしい方々や、素晴らしい日本の自然や聖地など
たくさんの麻原以外のものに触れさせていただくことで、
麻原からは得ることができなかった、多くのものをいただくことができました。

この、現実の、この世界で、麻原よりも素晴らしいものがたくさん存在しているという事実こそは、
わたしにとって、

「麻原のみが輪廻転生で自分を救う」
「麻原の帰依をやめたら地獄に堕ちる」
という盲信や、恐怖を超えるに余りあるものとなりました。

わたしの素直な心は、
「麻原だけが特別な魂だというのは不自然な考え方で、
麻原のことだけを考え、麻原だけとの縁にこだわるよりも、
本来の仏教のように、すべての人に仏性があると考え、
すべての人から学ぶことのほうが大切で、人間的に成長できる道であることは間違いない」
と感じていました。

「だから、麻原のみに帰依する麻原グルイズムや、麻原だけが輪廻で救う魂と
考えることは間違っている」
と思いました。

それに、輪廻転生、死後のことは、実際に死んでみないと、本当にはわからないことです。
(死ぬまで一生わからない)
それなのに、それについて、「ああなのでは」「こうなのでは」と
怖がって、不安や恐怖の心を増やしていることは、「想像」「妄想」「心配」「不安」でしかなく、
現実を無視して、未来のことをあれこれ考えているだけなのでは
と思うようになりました。
心配や不安をやみくもに増大させることは、免疫力が落ちて身体にも悪いことでもあります。

もしも、この気持ちを持ち続けるなら、
一生の間、死んでみるまで、確証のないことのために、
不安や恐怖を増大させることにしかならず、
死ぬまで幸せな心、安心した心にはなりようがないと思いました。

オウムに出家して、教団の中で病気になり、亡くなられた女性のことを
友人から聞きました。
彼女は、死にいたる重病だったので、絶えず死を意識する状態となり、
毎日、

「死んだ後、死後の世界で、グル(麻原)が出てきて救ってくれなかったらどうしよう」
「自分はカルマが悪いから、麻原が出てきてくれなかったらどうしよう」
「麻原が救ってくれず、地獄に堕ちたらどうしよう」

と言って、最期までそうして亡くなられたとのことでした。

これを聞いたとき、アレフの信仰とは、
生きている間も、
死ぬ間際も、ずっと不安や恐怖を持ち続けなければならない、
不安や恐怖によって、麻原に縛り付ける教えなんだと心から思いました。

アレフ信者が、
「麻原しか、死後救ってくれる魂はいない」
「死後、高い世界へ行くには麻原に帰依するしかない」

と思って、必死に麻原への帰依を培う修行をしたとしても、
完璧な人間はいませんので、

「自分が帰依が足りないから、麻原が出てきてくれないのではないか?」

という不安を、ぬぐい去ることはできないのではないでしょうか?

わたしたちが、アレフ内で、脱会の勧誘活動をしていたとき、
アレフ教団側は、
「上祐と話をすると、グルとの縁が傷ついて、地獄に堕ちる」
と言って、「上祐代表やわたしたちと、話さえしてはいけない」という指示を
信者たちに出して、脱会を防ごうとし、
その指示を守って、わたちたちと、話さえしないようにする人たちがたくさん出ました。

しかし、これも、わたしたちと話をすることで、地獄に堕ちるかどうかは、
死ぬまでわからないことです。

それよりも、
今、現在、この時に、たくさんのものから、多くの恩恵をいただいていることへの感謝の気持ちが
持てたり、出会うたくさんの方々を尊重し、素晴らしいところを学び合い、
いまこの時に、この時代に、この同じ宇宙に、地球に、日本に生まれているみんなと仲良く、
愛し合って生きたほうが、幸せなことだと思います。

死後のことは死ぬまでわからないのだから、
生きている今の、その心の延長上で、安らかな死があるのではないでしょうか。

このように、アレフの「輪廻転生への盲信」は、死ぬまで、人を幸せにしない考え方で
あることは間違いありません。

【盲信原因と脱却⑦】「輪廻転生」を、原理主義的に盲信してしまう

の記事)

今日は7番目の、
アレフ信者が、「輪廻転生」を、原理主義的に盲信してしまう問題と、
その解決方法について、詳細を掲載したいと思います。

まず、アレフでは、依然として、麻原彰晃を、
「最終解脱者・シヴァ大神の化身」として絶対視
しています。

さらには、麻原の関与した殺人事件についても、
圧倒的な客観的事実・証拠があるにもかかわらず、
「陰謀である」と主張したり、「わからない」と考えたりして、
麻原を否定する理由とすることを避けています。

こうした、オウム・麻原信仰に陥り、
そこから抜け出せない根底には、
「輪廻転生」への原理主義的な盲信があります。



輪廻転生とは、人は死んでも何度でも生まれ変わり、その生前の行いに応じて、
地獄や餓鬼、動物のような苦しみの多い世界や、
天界のような喜びの多い世界に生まれていくという考え方です。

そして、アレフで行っているオウム・麻原信仰においては、

① 輪廻転生は絶対に存在し、

② 現代人の大部分(約99%)は、来世、
   地獄などの低い世界に生まれ変わるが、

③ そこから救われるには、麻原に帰依するしかない。

④ オウム・アレフをやめれば、グルである麻原との縁が切れて 
 地獄に堕ちる


と説いています。

そして、脱会を希望する者に、そのように説いて、
脅しのようなことをしています。
>>脱会引き留めの実例はこちら

しかし、これに関して、それぞれ次のとおり指摘しなければなりません。


(1)輪廻転生の存在は科学的には証明はできず、
  釈迦牟尼も強調していない


そもそも輪廻転生の存在については、古来、激しい議論がなされてきた
ことからもわかるとおり、いまだに科学的には証明されていません。

つまり、あるともないとも、はっきり断言できないというのが科学的な態度です。

また、仏教の開祖・釈迦牟尼自身も、当時のインドで支配的であった
輪廻転生の考え方を背景にはしながらも、
それを強調することはしませんでした。

むしろ、死後の世界はあるかないかについては、
両極端な考え方に偏らない「中道」を説き、
肉体と霊魂が同じか別かという形而上学的な問いかけについても、
「無記」(回答しない、説明しない)という合理的姿勢を示しました。

そのような考え方に、いたずらにとらわれること自体が無益であるというのが、
釈迦牟尼の考えだったことがわかります。

もっとも、仮に輪廻転生があるとしても、
その考え方自体は宗教界に一般的に存在しているように、
大きな問題があるわけではありません。

しかし、オウム・麻原信仰の場合は、
この考え方に固着すると、次のような落とし穴にはまります。


(2)「現代人の大部分が地獄行き」という根拠はない

オウム・麻原信仰では、

修行をしていない現代人の大部分(99%ともいわれます)は、
死後、地獄・餓鬼・動物という苦しみの多い低い世界に生まれ変わっていく

と説いています。

しかし、そもそも、地獄に落ちるような所業を行ったのは、
オウム・麻原なのではないのでしょうか。

実際に、サリン事件等の無差別大量殺人を行い、
自分の弟子をリンチ殺人で殺し、
それを反省するどころか、
宗教的に肯定するオウム・麻原信仰、アレフの思想こそが、
自らを地獄に導くものではないでしょうか。


オウム・麻原が説いた「ポワ」は、本来のチベット密教の教えとは違っており、
用語を悪用して、殺人を肯定する言い訳として勝手に使っていただけでした。
オウム事件は、宗教的にも到底正当化できるものでないことは明らかです。

また、釈迦牟尼が、「現代人の大部分が地獄等の低い世界に落ちる」
と説いたという確たる根拠もありません。


確かに、伝統的な仏教では、正しい仏法に巡り会うことの難しさや、
地獄の住人の多さなどについては論及していますが、
そうした説話を知った麻原が、「現代人の大部分は地獄に落ちる」等という
極端な表現を用いた説法を行っただけというのが現実です。


(3)麻原に帰依するしかないという「脅し」

その上で、

「麻原に帰依するしか、地獄から逃れる方法はない」

というのがオウム・アレフの盲信の態度なのですが、
誰か特定の生身の人間に帰依しなければ、救われない
などということがあるでしょうか。

仏教開祖の釈迦牟尼ですら、弟子が釈迦牟尼を崇拝することを戒めています。
(『サンユッタ・ニカーヤ』(相応部経典)より)

あくまで釈迦牟尼は、特定の人に帰依するのではなく、
めいめいの自己と法則を帰依処とするように説いたのです(「自灯明・法灯明」)。

そして、輪廻転生があると仮定しても、より良い世界に生まれ変わるためには、
仏法に基づく良い「行い」が必要であると釈迦牟尼は説いています。

繰り返しますが、仮に良い世界に生まれ変わろうとすれば、
それは特定の人物に帰依したり崇拝したりすることによってではなく、
各人の「行い」(具体的には他人を利する利他の実践)によって
実現される
というのが、釈迦牟尼の教え
なのです。

また、この世界には、仏教の指導者は数多くいます。

オウム・アレフにおいては、麻原こそが世界で唯一の真の仏教指導者
と強調していますが、その根拠はあくまで、

「麻原自身がそう言っていたから」

というものにすぎません。

オウム・アレフの信者は、自ら実際に、
全世界のすべての仏教指導者を調べ尽くしたわけではないのですから、
より謙虚な姿勢で、他の仏教指導者について調べ、
その声に耳を傾けてみてもよいのではないでしょうか。

「麻原に帰依するしかない」というオウム・アレフの主張が、
いかにナンセンスかが、よりわかるものと思います。


(4)麻原は、弟子によい転生をさせることができるのか


オウム・アレフでは、死後の中間状態において、
麻原こそが自分たちをよい転生に導いてくれる唯一の魂という
盲信
があります。 
 

しかし、麻原に本当にそんな力があるのでしょうか?
何をもって、麻原にそういう力があるといえるのでしょうか?


実際、麻原がそのような力をもっているということを、
すべての人が納得する証明は存在しません。

それはアレフ信者が、そう信じ込んでいる(あるいはそう思いたい)だけであり、
解釈しているだけで、現実とは違います。

もしも、麻原が、他人の死後をコントロールして、よい転生へ導くような
「絶対的神秘的力」というようなものを持っているなら、
なぜ、現実の麻原は、今現在のような惨めな状態にあるのでしょうか?


今の麻原の状態・現実から、普通に、当たり前に考えてみれば、
それほどの力があるとは思えないのではないでしょうか?

もし、麻原に、本当に絶対的神秘的力というようなものがあるのなら、
逮捕されることもなかっただろうし、
刑務所から出てくることもできるだろうし、
超常的力を多くの人に見せて、自分が神のような存在であることを示し、
信仰させることもできるのではないでしょうか?

しかし、そういったことはやってない(=できない)ということは、
そういう力がないと考えることが妥当ではないでしょうか。

普通に考えて、現実の世界で、自分のことすら自由にならない者が、
他人の死後を自由にコントロールしたりできると信じるというのは、
あまりに、飛躍した盲信といえます。

こうした盲信によって、
「輪廻への恐怖があるから麻原への帰依をやめられない」
というオウム・アレフ信者は数多くいますが、
麻原への帰依などなくても、その恐怖を克服することは十分可能です。

次の記事では、その盲信から脱却したひかりの輪のスタッフの
体験談をご紹介します。

【盲信原因と脱却⑥】アレフが説く、「グルへの帰依の教えの呪縛」を受けてしまう

(2012-03-18  00:05:01 の記事)

■アレフの解釈の間違い

まず、アレフに限らず、チベット密教などの教えに、
「グル(導師)を完璧、絶対的と見る教え」
があることは確かです。

しかし、チベットなどの伝統的な密教の教えは、
グルは本当に完璧である、絶対的である、と説いてはいません。

それは、
「弟子のエゴを弱めるために、仮にグルを完璧・絶対と見なす、位置づける修行の方法がある」
ということにすぎません。


これをわかりやすく言えば、
人は、自分の問題を深く内省しようとすると、
場合によっては、他人の問題に目をやって他人を批判することが、
内省の妨げになることがあります。

二人の人がいて、問題が起こった時に、どちらが正しいか正しくないかというのは、
どちらの見方も可能な場合が少なくありません。

というのは、そもそも、両者は全く別の存在ではなく、
互いに互いの影響を受け合う繋がりがあります。

例えば、他人にも問題があったにしても、
自分がもう少し努力していれば、他人の言動が別のものとなっており、
問題は起こらなかったといった場合などです。

そこで、相手には問題はない=相手が完璧・絶対だと仮定して、
自分側の問題を内省することに集中するという修行法が出てくるわけです。

言い換えると、グルに問題が見えても、それは、
「弟子の心・言動のもたらしたもの、弟子の業(カルマ)の投影である」
と考えるわけです。

しかし、このようにして、
「弟子が自分のエゴを弱めるために、グルを完璧・絶対と見なす修行法を実践する」
ということと、


アレフが実践している
「グルが実際に完璧・絶対である」
という事実とは、近いようで、非常に大きな違いがあります。



■アレフにおける「絶対的帰依」の教えのもたらす恐ろしさ

この点をわかりやすくするために、
オウム真理教の一連の事件の問題を例にして取り上げます。

もし「グルが完璧、絶対である」ならば、
一連の事件についてのとらえ方は、アレフの信者がなしているように、
陰謀論を信じて事件をやっていないとするか、
事件を正当化するかという結果となります。

すなわち、
「グル麻原が一連の事件への関与を否定しているのだから、
グルは関与していないと信じるべきだ」
と考えるか、

「事件は、グルがなしたことだから、正しい」
「グルがなしたことだから、何か深いお考えがあった」


として、その事件を否定しない、総括しないことが正しいと考えます。

しかし、「弟子の内省」のために、
弟子が「仮にグルを絶対と見ている」だけであれば、
こうしたことは起こりません。

なぜならば、それは、自分の修行のためにグルとの間で行なう仮の設定にすぎず、
自分とグル以外の第三者には決して当てはまらない(当てはめない)からです。

すなわち、その修行を行いたいからといって、
弟子やグルが、第三者の生命や財産を奪うことや、犯罪を正当化してはならないし、
正当化する権利など全くないことは自明です。

しかし、アレフのように、
仮の設定ではなく、本当にグルを絶対視するならば、
その延長上に、


「将来、グルに指示されたら、事件を起こすか」

と問われたときに、

「私は帰依の実践として、事件を起こす」

「帰依を損なうから、事件を起こさないとは言えない」


と考えることになります。

アレフの中には、このような考えにとらわれている出家修行者が少なからずいます。

彼らの多く(おそらく全て)は、「人を殺したい」と考えてはいないのですが、

「グル麻原への帰依の実践を考えると、場合によっては、
グル麻原から指示されたならば、人を殺さなければならない」

と考えているのです。

これが、アレフにおける、「グルへの絶対的帰依の教え」の
過ちのもたらす恐ろしさです。


そして、伝統的な密教においては、密教の実践をする場合には、
弟子となる側に、正しいグルを選ぶという多大な責任があると説かれています。

しかし、アレフ信者の場合は、グルに自分を委ねるばかりで、
グルが正しいかを自分で判断するという「弟子側の責任」
という考え方は、
全くといっていいほどない
のです。

では、これまでにお話しした、
伝統的な密教宗派におけるグルへの帰依に関する法則の解釈の参考資料
を掲示したいと思います。

以下は、いずれも、チベット仏教総帥ダライ・ラマ法王の側近の僧であるカルマ・ゲレク・ユトク師(チベット亡命政府の元宗教局長。ダライ・ラマ日本代表部事務所の元代表。オウム事件発覚前は麻原とも親交があった)による言葉です。

■密教は「グルが完璧である」という客観的事実を主張していない

「法師(=グル)に欠点を見出すことなく、完璧な存在として見るよう指示しているが、
 これは(法師が完璧であるという)客観的事実とはほど遠く、
 本来、弟子の主観的自我を清めることを意図したものである。」


 
■弟子には帰依すべきどうかを判断する重大な責任があること

「...ある人を自分の師とするにあたって、
 慎重かつ注意深くやらなければなりません。
 急がずに、十分に時間をかけて、
 法師の行動、性質に常に注意をはらうことが、
基本として挙げられます。

  師の候補となる人についての情報を信頼する人から聞くこと、
 関わりを持つ以前の彼のスピーチやダルマ説法を聞くこと、
 彼の日常の生活や行動をきちんと吟味すれば、
 これから自分の法師になろうとする者について知ることができます


 ..その条件を有する法師は、
学識かつ経験を積んだダルマを体得した人であること。
 正直で平静かつ謙虚な者。
 最高の真理を会得し、それに従って生きる者。
 生きとし生けるものに溢れる慈悲の心を持つ者。
 精神的な師としての務めに常に励む者。
 もう1つは、真の倫理を守っている者。
 真の分別の知恵を守っている者。
 真の利他主義を守っている者。

 上記の条件に十分相当する師は、
この世でどんなに貧しい身分でも、
 たぐいまれな精神的師と言えるのです。」

(以上、「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」のHPから引用)

なお、このような伝統密教のグルへの帰依に関する見解の詳細については
上祐代表が記した「アレフ信者へのメッセージ」のテキストをご覧下さい。

【盲信原因と脱却⑤】教団に「自尊心」を満たされ、信じたくなる心理作用がある

(2012-03-17  17:21:27の記事)

■なぜ、アレフ信者は麻原を「絶対」「神の化身」と考えるのか

落ち着いて考えてみれば、
麻原を含む誰かを「絶対」または「神の化身」と判断できる能力のある人がいるとすれば、
その人自身が、「絶対」で「神の化身」である場合だけでしょう。

実際に、信者には、麻原を含めた他人を絶対であると判断する能力は到底ありません。

こうして、信者は、万人が麻原を絶対・神と認めるような客観的な事実・証拠に基づいて信じているのでは到底ありません。

もし、そのような証拠があれば、麻原・アレフは、すでに人類全体の教祖・宗教となっているはずです。

そもそも、宗教で教祖などを絶対と信じるというのは、他のほとんどの人は正しいと思わないことを正しいと信じてしまう現象なのです。

では、なぜこうなるのか、すなわち、信者になる人がなぜ信じ、ならない人はなぜ信じないのかについて、私達の体験に基づいて解説します。


その原因は、これまで述べたように、

①教団や麻原の実態や、超能力やヨーガ・仏教に関する正しい知識・経験が不足していること

もありますが、それだけではなく、

気づかないうちに教団によってプライドが深く満たされてしまうと
いう、心理的な落とし穴がある

のです。


■アレフ信者が、そう信じたくなる心理

まず、アレフの教義と布教活動を分析すると、仏教の教義の自分たちなりの解釈に基づいて、

「麻原・アレフに巡り会った者は、真理に巡り会った者」として、
「人類の中でも極めて優れた功徳のある者」として、

徹底的に称賛されます。

その結果、そうされた人は、気づかないうちに、
自尊心が深く満たされて、信じたくなるという心理作用があるのです。

要するに、「自分」が巡り会ったもの、「自分」がたどり着いたもの、
そして、「自分」を深く称賛してくれたもの、
「自分」の価値を認めてくれたものは、正しいと信じたいという、
人間心理が働いているのです。

人は誰しも、自分という者を一番愛しており、
自分でも気づかないうちに、自分が世界で特別な存在でありたいという
強い欲求を持っています。

この自己特別視の欲求が、自分を特別に称賛してくれたアレフによって引き出されて、
「自分が巡り会い、自分を特別視してくれたアレフは特別だ」
と信じたくなるのです。

自分への特別視とアレフへの特別視が一体化していくのです。

特に、アレフは、最初は覆面ヨガ教室で、アレフであることを明かさずに教化しますから、
その過程で深く称賛されると、自分でも気づかないうちに、この心理が働く可能性があります

そして、アレフの信者は、特に幹部信者においては、
こうした心理作用があることを多分に自覚して、
それを利用して、布教していると思われます。

また、信者によっては、自覚して利用しているというよりも、
本当に、自分と自分の教祖と自分の団体は特別だと信じ、
そのため、自分たちと巡り会った人も本当に特別だと信じている場合もあるでしょう。


■落ち着いて考えてみれば・・・


しかし、落ち着いて考えてみれば、
ヨーガや仏教の修行で心身が向上したり、多少の神秘体験をしたりしたとしても、
一連の事件を犯し、当時の高弟の大半が既に脱会している団体が、
アレフが説くように(世界で最高の、世界で唯一の)真理であるといったことが、
あるわけがありません。

事件を深く反省して、その反省からの葛藤を通して脱皮・進化してこそ、
本当に精神的な・宗教的な意味、意義深い生き方があるはずです。

また、より本質的には、仏教開祖の釈迦牟尼、ゴータマ・シッダールタが説いた中核の教えは、
自我執着を超えることであり、
アレフが行っているような誇大妄想的な過剰なプライドは、
よく自戒し、乗り越えるべき煩悩ということができます。

これは先ほど述べた聖者の見解、「麻原やその信者にはプライドの問題がある」と同じです。


■アレフが信者勧誘に使う言葉

では、アレフが新しい信者を教化する上で、具体的にどのような言葉を使うかというと、

例えば、

(麻原・アレフの修行をしない)凡夫は、
 99.9%、地獄(
を含む三悪趣=低い世界)に落ちる

(麻原・アレフという)真理に巡り会い、それを実践できる人は、
 本当にわずかであり、大変な功徳がある


(麻原・アレフに巡り会って、修行で神秘体験ができた)
あなたは、
前生からの修行者であり、大変な功徳がある


などです。

私達が、脱洗脳を手助けした人の中には、

「あなたは十万人に一人の魂である」

とまで言われた人がいました。

また、アレフには、仏教の教義の利用だけでなく、
麻原がキリスト教のハルマゲドン予言を解釈して、
自らを「ハルマゲドンの際に現れるキリストだ」と位置づけた予言教義があります。

それによれば、麻原は、
地球最高のグル、地球の教祖となる者で、唯一のキリストですから、
その信者・弟子になる者は、
キリストの弟子として、地球人類のトップに君臨する存在という位置づけなのです。

そして、これを信じているアレフの信者は、自ずと、
自分が巡り会う信者になる可能性のある者にも、
同様の位置づけを与えていきます。

客観的に見ると、これは、

「偉大な自分たちに巡り会う者は偉大である」

という(幼稚な)思考と行動ですが、
麻原への帰依として、そう実践していきます。

そして、客観的に見れば、誇大妄想にも近いほどの称賛が展開されます。


■コンプレックスから虚栄心の充足へ

 
そして、この結果、教団信者と社会の間には、精神的な壁・分裂が生じます。
すなわち、信者は、

「アレフ・麻原を認めない外部社会は、

自分たちより下の存在であり、
 彼らが自分たちを認めないのは、
彼らが劣っており、
無智であるために、
 麻原・アレフの真理を理解できない」


とまで考えるようになります。

「真理を知っている聖なる自分たち」と、
無智で地獄に落ちる人達の外部社会」という構造です。

また、オウム事件の陰謀論でも、同様の心理が働きます。
そのような説を十分に調査・研究などせずに、

「一般の人は、陰謀説という真理を知らないが、
自分は知ることができた」

という虚栄心が満たされ、安直に信じてしまう可能性が出てくるのです。

これは、気づいてみれば、恐ろしく傲慢な意識です。

しかし、アレフ信者は、この自分達の問題に気づいていません。
むしろ、彼らは、

「自分たちは、グル・教祖や教団に対して帰依をして、謙虚であろうと努めている」
と考えています。

その自分たちが、客観的に見れば、すなわち社会全体から見れば恐ろしく傲慢であることに
気づいていない
のです。

そして、実際に、外部社会には非常に傲慢に映ります。

自分たちが勝手に正しいと思い込んだ者(麻原)の指示で、
虫けらのように一般人を殺しながら、反省しないどころか、
陰謀説を流布し、逆に社会を批判するのですから。

そして、この強い称賛・プライドの充足は、今の競争社会では、非常に強い影響力を持ちます。
卑屈・コンプレックスに悩んでいる人が実に多くいますから、
特別な称賛は、非常に大きく作用する
でしょう。

例えば、生まれて初めて、自分の価値を認めてくれた存在がアレフだといった印象を抱けば、
その影響は計り知れません(他が何も見えなくなりかねません)。

また、卑屈・コンプレックスの強い負け組の人達だけではなく、
いわゆる勝ち組のプライド・自尊心が強い人にも影響があります。

「他に対して優位になりたい」という人の欲望は際限がありませんし、
勝ち組でも、誇大妄想的・空想的な傾向があれば、

「地球人類の中の最高存在の集団になれる」

という欲求を、アレフで満たそうとする可能性もあるのです。

こうして、「自分を認めてくれたアレフ・麻原を信じたいという気持ちが強くなると、
麻原・アレフが正しいのか、という客観的な思考は、
働かなくなります。

主観で、麻原・アレフを判断するようになります。
一連の事件の重大さえも無視し、陰謀説も信じたいという心理までが働く恐れがあります。

そして重大なことは、これは、麻原・アレフを信じているのではなく、
実は、「自分自身」を信じている=「信じたい」のです。

麻原を正しい、絶対だと信じることを手段として、自分でも気づかないうちに、
それに巡り会った「自分が正しい・特別だ」と信じたいのです。

その結果として、アレフに巡り会う前は多分に卑屈を抱え、
他人を絶対・神だと判断する能力など全く持ち合わせていない人が、
一転して、アレフ・麻原を正しいと信じてしまう自己矛盾・落とし穴に陥ります。

この落とし穴に気づくことは、脱洗脳における非常に重要な手がかりとなります。

【盲信原因と脱却③】ヨーガ・仏教の教えを、麻原・アレフの教えと「混同して」信じてしまう

(2012-03-17  05:15:13 の記事)

アレフを偽装した覆面ヨーガ教室などにおいて、ヨーガ・仏教の教えや修行を習い、
それによって、心身の状態が改善したり、神秘体験をしたりする人もいると思います。

しかし、それが実際には、麻原・アレフのオリジナルの教えではなくて、

ヨーガ・仏教の教えによるものであるにもかかわらず、
同じような体験を他でしたことがないために、
両者を混同して、麻原・
アレフの恩恵だと錯覚してしまう

ことがよくあります。

その結果として、本来は、(殺人事件を起こした)麻原・アレフを絶対視せずに、
麻原から自立してヨーガ・仏教の修行をすればよいのにもかかわらず、
そのような考え・行動ができない状態になります。

そして、特に神秘体験については、その価値を過大視する場合があります。

麻原を絶対視するアレフの修行でなくとも、ヨーガ・
仏教の修行であれば、
同様に心身の状態が改善したり、神秘体験が起きたりします。


しかし、アレフに教化される人達の中には、
それまであまり宗教(特に本格的なヨーガ・仏教・密教の修行)のことを
知らなかった人が多いと思われます。

そのために、麻原・アレフで習ったヨーガ・仏教の教えの効能が、
すべて麻原・アレフのおかげだと錯覚して混同してしまう
ことが多いのです。


【盲信原因と脱却②】アレフは、麻原に関して「誇大宣伝」している

(2012-03-17  03:04:34 の記事)

アレフ教団が宣伝している麻原の超能力については、

 ① 麻原の多くの予言で、全く的中していないものなどを無視したり、
 ② 実際には空中浮揚ではないものを、「空中浮揚の写真」としたり

しているなど、良いところばかり強調しているので、
全体として、誇大宣伝の面が多々あるといわざるをえません

さらに、麻原を称賛しているチベットやインドの聖者の言葉も、
裏の事実が隠されており、
結果として、聖者の表向きの言葉だけを強調する結果となっており、
全体として、誇大宣伝というべきものです。
 
まず、超能力についてですが、
確かに麻原には、超能力者・霊能者といわれるような人が持つ、一定の力はあったというのが、
元信者の多くが証言するところです。

しかし、多くの人は、超能力者・霊能者とされる人達に関して、
十分なバランスの取れた知識がなく、アレフの信者も同様であり、
そのために、間違って麻原を絶対視・過大評価してしまう落とし穴にはまります。


【1】超能力・霊能力は不完全


第一に、麻原を含め、超能力・霊能力とは、全く不完全なものです。
それは、いつでも当たるといった完全なものでは全くなく、
実際には、いわゆる当たらない場合が非常に多くあります。

例えば、麻原の予言は、客観的に見れば、
ハルマゲドンの予言を含めて、全体として、大半が当たっていません。

しかし、信者は、盲信が始まると、信じたいという気持ちから、
当たらなかったケースがあっても、自ら理由を付けて正当化し、
それを無視してしまうのです。


【2】超能力ではないものを、そうと思ってしまう

第二に、実際には超能力・霊能力ではないものを
超能力・霊能力と思ってしまうケースがあります。
これは、専門用語では、「コールドリーディング」といいますが、
高度な洞察力を、霊能力・超能力だと錯覚する場合です。
(使っている本人が錯覚している場合もあるほどです)

アレフに所属した元信者の目から見ると、
麻原もこれを用いることが少なからずあったと思われます。
そして、信者側も、教団の宣伝する麻原や教団の指導者の超能力を
自分も実際に体験したいという気持ちから、
コールドリーディングを超能力と錯覚した場合もあると思われます
コールドリーディングの詳細は、こちらのページなどを御覧下さい


【3】超能力的・霊的な体質を持つ人は、社会に多く存在し、人格の善悪とは一致しない


第三に、超能力的・霊的な体質を持つ人は、
麻原以外にも、この社会には多く存在し、
それは必ずしも人格の善悪とは一致しません。

元オウム信者が、麻原への盲信から脱却するプロセスとして、
オウム脱会後に、麻原以上に霊能力があると思われる人に出会ったという体験談が、
複数存在しています。

しかし、そういったタイプの人が身近にいなければ、
麻原を特別視・盲信する可能性があるわけです。

さらに、超能力・霊能力は、決して人格とは一致しません。

オウム・麻原の著作では、ヨーガの経典などを用いて、
超能力が解脱のレベルを示すと主張していますが、
私達が、数々の超能力者・霊能者を体験した中では、
超能力・霊能力は、人格とは必ずしも一致しないのです。

非常に煩悩的で悩みも多いのに、能力は高い人もいます。
その意味で、これは、麻原が神の化身であるという証明とはなり得ません。


【4】麻原の予言のほとんどが、外れてきた事例

それでは、次に、麻原の霊能力の不確かさの一例として、
その予言のほとんどが、いかに外れてきたかを示す事例を挙げます。

1993年:日本が再軍備する。
1996年:日本に天皇制が復活する。
      日本沈没。
1997年:ハルマゲドン勃発、日米決戦。
1997年:真理元年となる(年号が変わる)。
1999年:ハルマゲドン勃発。
2000年前後:ハルマゲドン勃発、核戦争。
2003年まで:日本に核が落ちる。
2004年まで:麻原が陽神(不死の身体)を得る。
2006年まで:広島に再び原爆が落ちる。

なお、アレフの中では、依然として、
ハルマゲドン・第三次世界大戦があると信じている人がいるようですが、
それは、教団として自己矛盾です。

というのは、原自身が、最後の著書の中で、

「1997年前後をターニングポイントとして、
2003年までに核が落ちなければ、私の予言は外れたことになる」

と明言しているからです。

すなわち、他ならぬ麻原の言葉によって、
麻原のハルマゲドン予言が外れたことが、
すでに確立しているともいうことができるのですが、
信者は、自分たちの信仰を否定したくないために、
結果を率直に受け入れることができない心理状態にあると思われます。


【5】麻原に関する虚偽宣伝・誇大宣伝


なお、アレフには、

 ①空中浮揚の写真や、
 ②麻原の脳波が特殊であることを示すというデータ(いわゆるPSI)、
 ③麻原がチベットやインドの聖者から受けた称賛など、

麻原の超能力・特別性を宣伝するものが多々ありますが、
これらには裏の事情があり、結論から言えば、虚偽宣伝・誇大宣伝す。
これについては、別に詳しく記しますので、ご覧下さい。

また、元幹部信者が体験した事実として、
麻原の超能力とされるものが、実際には当たらなかった事例などもありますので、
今後ご紹介していきます。

【盲信原因と脱却①】アレフの信者は、麻原の実態をよく知らない

(2012-03-16  19:26:52 の記事)

今のアレフには、高い立場の者でも、
オウム真理教時代の中堅幹部程度しかおらず、
麻原を実際にはよく知らない人たちが信仰しています。

麻原を身近で知っていた高弟のほとんどは、
今麻原を否定しており、
否定していない者も、絶対視まではしていません


オウム真理教時代に麻原から高弟とされた者のうち、
上位の10名を上げると、以下の通りで、
それぞれの、「今現在の麻原に対する評価」も記しますが、
ご覧の通り、その中の誰もが、今現在麻原を絶対視していると思われません。

なお、オウム真理教の幹部信者・高弟を現す位階制度(宗教的なステージ)は、高い順から、

正大師、正悟師、師、

という順番です。

――――――――――――――――――――――――――――――

 石井(当時のステージ:正大師、当時の宗教名:マハーケイマ。以下同

麻原の一番弟子だったが、95年に犯人隠避などで逮捕され、
96年に「私が信じた麻原は(サリン事件など)間違ったことをしてしまった」
と裁判で証言して脱会。
現在はすでに出所しているが、教団には戻らず。


 松本明香里(麻原の妻。松本知子から改名(麻原の本名は松本智津夫)、正大師、ヤソーダラー)

96年に殺人事件で逮捕された後、
裁判で麻原を強く否定し脱会したが、
現在アレフ教団を裏から支配しているとされる。

2002年に出所した後に、(下記の)上祐に、
事件前の麻原は「魔境だった」などと話しており、
自ら麻原を絶対視しているとは思われない。

しかし、その一方で、「架空の麻原の絶対的なイメージを作ればよい」
という趣旨のことを語るなどしており、
麻原家族が、信者を事実上だまして、支配することを考えていると思われる。


 上祐史浩(正大師、マイトレーヤ)


男性の一番弟子とされ、95年に偽証罪などで逮捕され、
99年末に出所した後、2000年にオウム真理教をアレフに改名した団体を
作ることを主導し、その代表を務めた。

しかし、その後、徐々に考え方を改め、麻原を相対化していき、
2003~4年頃に、麻原を絶対視するアレフ内のグループと対立して、
その結果、教団が分裂。

その後、完全に麻原信仰を脱却して、
上祐を支持するグループと共に、2007年にアレフを集団脱会。
今現在「ひかりの輪」代表。


 村井秀夫(正大師、マンジュシュリー)

95年までにサリン事件などに関与したが、
その事件の発覚後、暴力団構成員に殺害される。


 新実智光(正大師、ミラレパ)

麻原とともにサリン事件など多数の事件に関与し、死刑判決が確定(死刑囚)。
今もなお麻原に帰依する立場を取っているが、
同時に、裁判での証言や信者への獄中メッセージを通して、

①麻原や新実が確かに事件に関与したことと、
②事件は彼の解釈では武力革命の失敗であったこと、
③そういう意味で麻原が絶対ではないとする考えを伝えてもいる。


 飯田(正悟師、サクラー)

95年に逮捕監禁致死事件で逮捕され、
その後、裁判で麻原を否定するとともに脱会。
現在は既に出所しているが、教団には戻らず。


 都沢(正悟師、ウッパラヴァンナー)

95年に逮捕され、間もなく出所したが、
信仰を捨て脱会して、教団には戻らず。
その後、一部マスコミで、麻原の間違い、一連の事件への謝罪を表明した。
 

 大内(正悟師、プンナ・マンターニプッタ)

95年の一連の事件の発覚時にはロシアに駐在。
麻原の過ちに気づいたが、
日本帰国後に(95年以前に関与した殺人事件で)逮捕されて脱会。
裁判や信者へのメッセージなどで、麻原を強く否定し、
現在は既に出所し、教団には戻らず。


 青山元弁護士(正悟師、アパーヤージャハ)

95年に殺人未遂事件など逮捕されて脱会、
裁判などで麻原を明確に否定し、
現在は既に出所し、教団には戻らず。


 山本まゆみ(正悟師、キサーゴータミー)

95年に逮捕されて脱会。
出所後も教団には戻らず、病気で死亡。

-------------------------------------------------------------------

これ以外にも、十数名の「正悟師」とされる者、
数百人の「師」とされる者が、オウム真理教にはいましたが、
今現在もアレフに残る正悟師は2名だけであり、
師も数十名にすぎません。

なお、正悟師の一人である越川(メッタジ)は、
麻原の家族などと対立し、教団活動は許されていないとされています。

こうして、オウム真理教における麻原の高弟の中で、
今なお麻原を信仰している者達は、
本当の意味で麻原を身近に見ていた高弟達ではなく、
圧倒的に少数派なのです。

なお、これ以外に、上記の麻原の妻と共に、
現在の教団を裏から支配しているとされる麻原の子供達が、
オウム真理教の教義では、「高弟」とされていますが、
彼らは、95年に麻原が逮捕されて、家族や教団から離れた当時、
最も年長の者でも、15歳前後でしかなく、
その意味で、麻原の実態を知っているとはいえません

プロフィール

アレフ問題対策室

Author:アレフ問題対策室
■脱会のご支援■
「アレフ(オウム真理教の後継教団)」や、アレフを隠したヨガ教室からの脱会支援を行っています。(※ご本人、ご知人、ご家族からのご相談など100件近くに上ります)
■告発と対策■
今なお続く、アレフの諸問題の告発と対策を行っています。
■運営担当■
ひかりの輪STAFFの4人が運営しています。(山口雅彦・宗形真紀子・広末晃敏・細川美香)

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