【麻原の人格分析⑤】 「誇大自己症候群」の特質と、麻原の言動との比較検討 その2

(2012-04-02 18:26:37 の記事)

前回④の続きです。

 権威への反抗と服従


誇大自己症候群では、この「反抗」と「愛情の希求」という相反する方向が、
混じり合っていることも多くあります。

権威への「反抗」と「服従」という、二面性に引き裂かれるのです。

しかし、それは二面であっても、根本原因は一つです。

親や親代わりが、

 「自分の“誇大自己”の欲求を満たしてくれる存在でない」

と思えば、他人に反抗し、他人を尊敬しない側面が現れますが、
同時に、潜在的には、「誇大自己」の欲求があるので、

 「それを満たしてくれる」

と思える存在・対象に対しては、とたんにそれに「服従」して、
欲求を満たしてもらえるようにするというわけです。

これが、

① 麻原が、彼の「シヴァ大神」に絶対的に服従しつつ、
 一般社会への強い反抗・攻撃をなしたことや、

② 麻原の弟子たちが、麻原への絶対的帰依を実践しつつ、
  麻原と共に、一般社会に反抗したことに当てはまる、

と思います。

ここでは、服従も反抗も「極端」になります。

なぜなら、その動機・原因である「誇大自己」が極端だからです。

その欲求が強いので、それを満たしてくれない存在には、憎しみが生じ、
満たしてくれると思えるものには、完全に服従して、
欲求を最大限に満たそうとするということです。


強い支配欲求


「誇大自己症候群」の人にとっての対人関係の特徴は、

「所有と支配」

という色合いを帯びています。

相手を自分の思い通りにしようとします。

「自分の考えだけが正しくて、一番よい」

と思っているので、それを受け入れない人は、

「愚かで悪い人」

とみなされてしまいます。

自分の思い通りになり、意のままに支配できる存在は「かわいい」存在であり、
そうでない存在には「むかつく」のです。

麻原の場合は、この傾向も顕著でした。
例えば、

① 幼少のころから、生徒会長、政治家、総理大臣なることを夢想し、

② 生徒会長の選挙に落選すると、気にくわないと思った生徒を
  片っ端から殴りつけたり、

③ 教祖になると、自分が「世界のキリスト」になる人物とする予言を発表し
  (「キリスト」とは、麻原の解釈では「王」という意味で、
   祭政一致の世界の統治者を意味する)、

④ 選挙に出て、政権を取ろうとしたり、

⑤ 教団武装化=軍事力で日本・世界を自分の国にしようと妄想しました。

また、グルとしても、麻原は、弟子たちに対して「唯一のグル」として君臨し、
故カル・リンポチェ師(チベット密教の高僧)などの他の高名なグルから、
弟子が瞑想法の伝授を受けることなどを否定しました。

「密教では、グルは一人である」として、
弟子が他のグルから学ぶことを否定したのです。

また、自分の支配欲求に反するものは、
「悪」と認識して怒りを現わすわけですが、
そうすることを正当化するためにも、それを「悪」に仕立て上げるのです。
 
麻原の場合にも、これが当てはまり、
彼の「世界の統治者」になろうとする過剰な欲求のために、

自分の弟子にならないすべての人たち=外部社会の人たちは、
「悪業多き魂」というレッテルを貼られました。

さらに、「誇大自己症候群」を抱えた人は、
愛情を、「支配と所有」の関係でしか見ることができません。

愛情を、
「どれだけ服従するか」で測るだけでなく、

それに報いる術も、
「所有する物を分配することしかない」と思っているのです。

ある犯罪者の例として、
『誇大自己症候群』(筑摩書房、2005)の著者である岡田尊司氏は、

愛情飢餓を埋めるために、ますます物や金をばらまき歓心を得る、
という行動パターンがエスカレートしていった、

という例があることを書いています。

麻原の場合は、
小学校5年生のとき、児童会会長選挙に立候補したとき、
お菓子を生徒たちに配って自分に投票するように言い含めたり、
衆議院選挙の際も、安い野菜を有権者に提供したりしました。

教団の教祖になってからは、彼により深く帰依する者に、
成就者として、教団内の「高い地位」を与えました。

逆に言えば、「麻原に対する帰依」こそが、
成就の認定を得る上で最も重要な要素であるとされました。


罪悪感・自己反省の乏しさ、責任転嫁と自己正当化


まず、麻原の生い立ちに関しての書籍から、引用をしたいと思います。
主に、担当した教師による見解です。

 「智津夫は高等部に上がったころから、やることが狡猾に、
 陰湿になっていったんです。
 われわれの目の届かないところでね。
 そして発覚したら、居直りを決めこむ。
 担任ではどうにもならんときは、
 生活指導の教師や古手の私などが面接室に連れていくわけです。
 そうすると、さっきの勢いはなんだったのかと思うほど、
 卑屈な態度に変わるんですね。
 もう言わんでください、と懇願するようになる。
 さらに突っ込まれると、最後は泣くんです。
 激しやすい反面、非常にもろいところがあった。

 しかし、実際には、まったくこちらの気持ちは届いていないんです。
 反省するということがない。
 智津夫にあるのは自我だけです。
 自我に敵対するものは徹底的に排除するかわり、
 自我のなかに無条件に飛びこんでくるものは、
 自分のほうから受けいれていったんじゃないでしょうか」

    (高山文彦氏『麻原彰晃の誕生』文藝春秋p.43より)


犯罪行為についても、保険料不正受給や薬事法違反から、
その後の出家者の親、マスコミの批判や、さまざまな犯罪行為に至るまで、
真剣な反省は今も見られません。

裁判での意見陳述では、
「自分は常に四無量心(仏教で言う慈悲の心)で生きてきた」と主張し、
不規則発言の中で、再び、
「自分は弾圧されている」といった主旨の主張をしています。

「責任転嫁」も顕著であり、
一連の事件に至っては、弟子に責任転嫁をして、
「自分は止めようとしたが弟子がやった」などという架空の主張をなし、
選挙の落選も、国家の権力の「陰謀」として責任転嫁しました。

続く
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