【盲信原因と脱却⑦-2】輪廻転生への盲信と、地獄へ落ちる恐怖からの脱却体験談

こうした盲信によって、
「輪廻への恐怖があるから麻原への帰依をやめられない」
というオウム・アレフ信者は数多くいますが、
麻原への帰依などなくても、その恐怖を克服することは十分可能です。
以下に、その盲信から脱却したひかりの輪のスタッフの体験談をご紹介します。



■宗形真紀子(アレフ問題対策室)

わたしは、2007年にアレフを脱会しましたが、それまで、脱却を阻むものとして、
最後まで残り続けたのは、
オウム・アレフ・麻原信仰の中核にある
「グルイズム」と「マハームドラー」という独特の考え方でした。
この2つの考え方の基盤に「輪廻転生への盲信」があったのです。

社会の中での事件の現実や教団の現実などに気づいたのにもかかわらず、
その考え方が、わたしのアレフからの脱会を思いとどまらせ続け、
95年から10年もの間の、長い呪縛となりました。

しかし、それを吹っ切れたとき、現実に、盲信をやめ、アレフを脱会することができました。

これはおそらく、多くのアレフ信者にも共通する呪縛だと思いますので、
どうやって抜け出せたのかを、拙著を引用しながら書いてみたいと思います。


1995年 死の恐怖と輪廻転生への盲信から、脱会を思いとどまってしまった


最初に、オウムをやめようとしたときに、その呪縛が思いとどまらせたのは、
1995年の秋、拘置所で取り調べを受けていたとき、
坂本弁護士のご遺骨が発掘されたニュースに触れたときのことでした。
当時の心境を、拙著から抜粋します。

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『二十歳からの20年間“オウムの青春”の魔境を超えて』三五館 p142~145より)

●「マハームドラー」という呪縛


 取調官に見せてもらった、麻原の逮捕時の、札束とともに隠し部屋に隠れる
という情けない姿での様子を見たときは、一瞬、「なんて情けないんだろう」と
思ったものの、今までもずっとそうしてきたように、すぐに、

「麻原はわざとこのような情けなく見える状況を作り、
それでも付いてこれるか弟子を試すマハームドラーをかけているに違いない」

と考えました。
 
「きっと、この逮捕のされ方も、弟子を解脱させるための、
深遠なグルのマハームドラーの修行に違いない」

と無理矢理強く思い込むようにして、帰依を続ける決意をしました。

 取調官には、自分に言い聞かせるようにして、
「オウムがそんなことするわけがありません。脅迫も身に覚えがありません。
 わたしたちが学んできた教義は虫一匹殺さないもので、
そのように実践しています!」と、一生懸命訴えていました。

 取調官の二人は、最初は、殺人の実行犯だった人の車の運転をしていたわたしを、
凶悪犯人のように扱っていましたが、だんだん、わたしがさまざまな事件を本当に知
らず、凶悪犯人ではないと理解してくれ、しだいに強硬な態度が和らいでいきました。
 そして、「あなたのような真面目な普通の女性は、狂った教団から一刻も早く脱会
したほうがいい」と、親身になって脱会を勧めてくれたのです。
 わたしはそれらに心が動きだしていました。

●坂本弁護士一家の遺体発掘の衝撃と、脱会

 それでもそのように信じたくなく、しかし、さまざまな状況に追い詰められ、
わたしは動揺して、
「あんな残酷な坂本弁護士一家殺害事件が、オウムの犯行のわけがありません。
もし坂本弁護士事件がオウムの仕業だったらオウムをやめます!」
と叫んでいました。

 そして独居房では、現実を受け入れたくないという気持ちや、いったいどういうこ
となのかという疑念や不安、そういったことを打ち消すために、麻原に帰依するマ
ントラを唱えたり、麻原を観想したりして、必死になって帰依を保とうとしました。

 九月になったある日、血相を変えた取調官がやってきて、

「たいへんだ! 坂本弁護士一家の遺体が発掘されたぞ!」

とテレビを見せてくれました。
  信じられない思いで、頭の中で何かがガラガラと崩れていく気がしました。

 「そんなはずがない」「でも遺体があった」
 「オウムがやった」「嘘だ」「それならわたしはオウムをやめなければならない」
 「オウムはやめたくない」

 そういう思いがぐるぐると頭の中を駆けめぐり、涙が出ました。

 そして結局やめなければならないと考え、脱会届を書きました。
 その日は殺人事件の衝撃と、すべてが壊れてしまうショックと悲しみとつらさで
泣いていたのを覚えています。

●死の恐怖と「輪廻転生」の盲信から、脱会を撤回


 脱会届けを教団に送ったことをきっかけとして、悶々とすごしていたある日、
わたしにとっての大きな出来事が起こりました。

 逮捕直後、警察官が極悪人扱いする中、ただ一人わたしに優しくしてくれた
二十代そこそこの婦人警官がいたのですが、その人が休日に鳴門のうず潮に
呑まれて死んでしまったと聞いたのです。

「あんなに優しかった人があんなに若くして死ぬなんて」

と、ショックとともに死の恐怖が間近に襲ってきました

 それをきっかけに、麻原がつねに説いていた

「人は死ぬ。必ず死ぬ。絶対死ぬ。死は避けられない。
 死の前に有効なものは修行とグルとの縁しかない

という言葉が思い出され、

現世ではなく、死や来世に有効なものこそもっとも価値がある

というオウムの教義が思い出され、わたしが脱会しようとしたときに、
身近に起きたこの現象もまた「グルのマハームドラー」のように思えてきました。

「きっとこれは、オウムをやめようとした自分に、麻原が死を見せて、
 何が価値があるのか考えろと教えている現象なんだ」

「いつ死ぬかわからないのだから修行しかない」
と思い直し、

「これは、大きな観念を超える試練についていけるかどうかの
 グルのしかけなんだ、あれだけ救済を説き、ゴキブリ一匹殺さない麻原が、
 もしも事件を起こしたとしたのなら、
 何か未来を見越した深いお考えがあってのことに違いない」
という思いが駆けめぐりました。

「そうだ。そもそも、直接麻原から話を聞かないとわからない。
 裁判が始まらないと真相はわからない。本当は陰謀かもしれない。
 お世話になった生まれて初めてのグルなのだから、
 本人に聞かずにやめるのは浅はかだ。マスコミの情報を鵜呑みにしてはならない」

などと思い直し、必死で、帰依を培う思考訓練をし続けていったのです。
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このようにして、わたしは、その後10年近くもの間、
アレフで麻原信仰を続けてしまったのです。

その後、現実を直視したり、教団の外の方々や、聖地や、本などに助けられ、
徐々に麻原信仰を脱却していき、
2003年~2005年頃、現実の行動では、麻原を信仰するような修行を
しないようになってからも、

「麻原への帰依をやめたら、
麻原が説いたように無間地獄に堕ちたらどうしよう」


という呪縛が残っている状態があり、アレフを脱会できずにいました。

具体的には、以下のような精神状態でした。


2003年~2005年頃まで残っていた「輪廻転生」への呪縛

『二十歳からの20年間“オウムの青春”の魔境を超えて』三五館
 p80~82より抜粋)

 そのときのわたしの素直な心や感性は、すでに麻原グルイズムよりも、
日本的な、自然の中に神を見るという考え方や、
すべての人の中に仏を見るという考え方などに強く惹かれるように変化していました。

 場所や修行法としても、麻原の写真を拝みながら
自然から切り離された道場の中に閉じこもって麻原を観想する瞑想よりも、
日本の聖地やさまざまな神社仏閣、大自然の中に行くほうが、
はるかに意識が広がり、修行になると実感していました。

 そのため、実際のわたしの行動は、麻原が禁じていたことを無視して、
そういった日本の聖地や自然の中に行くことを選択していました。
 そして、だんだん麻原のマントラが大音響で流れる教団施設での修行になじめなくなり、
外にいることが多くなったほどでした。

 それにもかかわらず、意識のどこかに、一〇年も培った思い込みとして、

「密教の教えにあるように、一度自分が帰依すると決めたからには、
 最後まで帰依し続けなければならないのではないか


というものと、

もしも麻原がレベルの高い特別な魂だったら、帰依をやめることは、
 グルイズムが重視される密教の教えでは、
 グルとの縁を傷つけることになり、麻原が言うように、
 無間地獄に堕ちてしまうのではないか」

という危惧が脳裏のどこかにこびりついているような、
すっきりしない気持ち悪さを感じている状態でもありました。

 これは、わたしが出家当時から最重要視して、ずっと修習していた
「グルイズム」と「マハームドラー」の考え方の影響でした。

 すでに実際の行動はすっかり変化して、現実の行動に影響を与えていない
にもかかわらず、そういった思い込みだけが、観念世界のどこか隅のほうに
残像現象のように残ってこびりつき、まるで呪われているような感覚でさえありました。

 祟りが起きることを恐れているような感覚ともいえます。
 この二つは、それほどに根深く最後まで残っていた、
わたしのオウム時代を象徴するキーワードとなっていました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

輪絵転生の盲信と、地獄に落ちたらどうしよう、という恐怖からの脱却


その後、わたしは、大乗仏教の基本的な考え方や、日本の神道やアニミズムなどを学び、
すべてのものに感謝を培う自己反省法「内観」を実践し、
そして、実際に、多くの教団の外にいる素晴らしい方々や、素晴らしい日本の自然や聖地など
たくさんの麻原以外のものに触れさせていただくことで、
麻原からは得ることができなかった、多くのものをいただくことができました。

この、現実の、この世界で、麻原よりも素晴らしいものがたくさん存在しているという事実こそは、
わたしにとって、

「麻原のみが輪廻転生で自分を救う」
「麻原の帰依をやめたら地獄に堕ちる」
という盲信や、恐怖を超えるに余りあるものとなりました。

わたしの素直な心は、
「麻原だけが特別な魂だというのは不自然な考え方で、
麻原のことだけを考え、麻原だけとの縁にこだわるよりも、
本来の仏教のように、すべての人に仏性があると考え、
すべての人から学ぶことのほうが大切で、人間的に成長できる道であることは間違いない」
と感じていました。

「だから、麻原のみに帰依する麻原グルイズムや、麻原だけが輪廻で救う魂と
考えることは間違っている」
と思いました。

それに、輪廻転生、死後のことは、実際に死んでみないと、本当にはわからないことです。
(死ぬまで一生わからない)
それなのに、それについて、「ああなのでは」「こうなのでは」と
怖がって、不安や恐怖の心を増やしていることは、「想像」「妄想」「心配」「不安」でしかなく、
現実を無視して、未来のことをあれこれ考えているだけなのでは
と思うようになりました。
心配や不安をやみくもに増大させることは、免疫力が落ちて身体にも悪いことでもあります。

もしも、この気持ちを持ち続けるなら、
一生の間、死んでみるまで、確証のないことのために、
不安や恐怖を増大させることにしかならず、
死ぬまで幸せな心、安心した心にはなりようがないと思いました。

オウムに出家して、教団の中で病気になり、亡くなられた女性のことを
友人から聞きました。
彼女は、死にいたる重病だったので、絶えず死を意識する状態となり、
毎日、

「死んだ後、死後の世界で、グル(麻原)が出てきて救ってくれなかったらどうしよう」
「自分はカルマが悪いから、麻原が出てきてくれなかったらどうしよう」
「麻原が救ってくれず、地獄に堕ちたらどうしよう」

と言って、最期までそうして亡くなられたとのことでした。

これを聞いたとき、アレフの信仰とは、
生きている間も、
死ぬ間際も、ずっと不安や恐怖を持ち続けなければならない、
不安や恐怖によって、麻原に縛り付ける教えなんだと心から思いました。

アレフ信者が、
「麻原しか、死後救ってくれる魂はいない」
「死後、高い世界へ行くには麻原に帰依するしかない」

と思って、必死に麻原への帰依を培う修行をしたとしても、
完璧な人間はいませんので、

「自分が帰依が足りないから、麻原が出てきてくれないのではないか?」

という不安を、ぬぐい去ることはできないのではないでしょうか?

わたしたちが、アレフ内で、脱会の勧誘活動をしていたとき、
アレフ教団側は、
「上祐と話をすると、グルとの縁が傷ついて、地獄に堕ちる」
と言って、「上祐代表やわたしたちと、話さえしてはいけない」という指示を
信者たちに出して、脱会を防ごうとし、
その指示を守って、わたちたちと、話さえしないようにする人たちがたくさん出ました。

しかし、これも、わたしたちと話をすることで、地獄に堕ちるかどうかは、
死ぬまでわからないことです。

それよりも、
今、現在、この時に、たくさんのものから、多くの恩恵をいただいていることへの感謝の気持ちが
持てたり、出会うたくさんの方々を尊重し、素晴らしいところを学び合い、
いまこの時に、この時代に、この同じ宇宙に、地球に、日本に生まれているみんなと仲良く、
愛し合って生きたほうが、幸せなことだと思います。

死後のことは死ぬまでわからないのだから、
生きている今の、その心の延長上で、安らかな死があるのではないでしょうか。

このように、アレフの「輪廻転生への盲信」は、死ぬまで、人を幸せにしない考え方で
あることは間違いありません。

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「アレフ(オウム真理教の後継教団)」や、アレフを隠したヨガ教室からの脱会支援を行っています。(※ご本人、ご知人、ご家族からのご相談など100件近くに上ります)
■告発と対策■
今なお続く、アレフの諸問題の告発と対策を行っています。
■運営担当■
ひかりの輪STAFFの4人が運営しています。(山口雅彦・宗形真紀子・広末晃敏・細川美香)

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