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【盲信原因と脱却⑥】アレフが説く、「グルへの帰依の教えの呪縛」を受けてしまう

(2012-03-18  00:05:01 の記事)

■アレフの解釈の間違い

まず、アレフに限らず、チベット密教などの教えに、
「グル(導師)を完璧、絶対的と見る教え」
があることは確かです。

しかし、チベットなどの伝統的な密教の教えは、
グルは本当に完璧である、絶対的である、と説いてはいません。

それは、
「弟子のエゴを弱めるために、仮にグルを完璧・絶対と見なす、位置づける修行の方法がある」
ということにすぎません。


これをわかりやすく言えば、
人は、自分の問題を深く内省しようとすると、
場合によっては、他人の問題に目をやって他人を批判することが、
内省の妨げになることがあります。

二人の人がいて、問題が起こった時に、どちらが正しいか正しくないかというのは、
どちらの見方も可能な場合が少なくありません。

というのは、そもそも、両者は全く別の存在ではなく、
互いに互いの影響を受け合う繋がりがあります。

例えば、他人にも問題があったにしても、
自分がもう少し努力していれば、他人の言動が別のものとなっており、
問題は起こらなかったといった場合などです。

そこで、相手には問題はない=相手が完璧・絶対だと仮定して、
自分側の問題を内省することに集中するという修行法が出てくるわけです。

言い換えると、グルに問題が見えても、それは、
「弟子の心・言動のもたらしたもの、弟子の業(カルマ)の投影である」
と考えるわけです。

しかし、このようにして、
「弟子が自分のエゴを弱めるために、グルを完璧・絶対と見なす修行法を実践する」
ということと、


アレフが実践している
「グルが実際に完璧・絶対である」
という事実とは、近いようで、非常に大きな違いがあります。



■アレフにおける「絶対的帰依」の教えのもたらす恐ろしさ

この点をわかりやすくするために、
オウム真理教の一連の事件の問題を例にして取り上げます。

もし「グルが完璧、絶対である」ならば、
一連の事件についてのとらえ方は、アレフの信者がなしているように、
陰謀論を信じて事件をやっていないとするか、
事件を正当化するかという結果となります。

すなわち、
「グル麻原が一連の事件への関与を否定しているのだから、
グルは関与していないと信じるべきだ」
と考えるか、

「事件は、グルがなしたことだから、正しい」
「グルがなしたことだから、何か深いお考えがあった」


として、その事件を否定しない、総括しないことが正しいと考えます。

しかし、「弟子の内省」のために、
弟子が「仮にグルを絶対と見ている」だけであれば、
こうしたことは起こりません。

なぜならば、それは、自分の修行のためにグルとの間で行なう仮の設定にすぎず、
自分とグル以外の第三者には決して当てはまらない(当てはめない)からです。

すなわち、その修行を行いたいからといって、
弟子やグルが、第三者の生命や財産を奪うことや、犯罪を正当化してはならないし、
正当化する権利など全くないことは自明です。

しかし、アレフのように、
仮の設定ではなく、本当にグルを絶対視するならば、
その延長上に、


「将来、グルに指示されたら、事件を起こすか」

と問われたときに、

「私は帰依の実践として、事件を起こす」

「帰依を損なうから、事件を起こさないとは言えない」


と考えることになります。

アレフの中には、このような考えにとらわれている出家修行者が少なからずいます。

彼らの多く(おそらく全て)は、「人を殺したい」と考えてはいないのですが、

「グル麻原への帰依の実践を考えると、場合によっては、
グル麻原から指示されたならば、人を殺さなければならない」

と考えているのです。

これが、アレフにおける、「グルへの絶対的帰依の教え」の
過ちのもたらす恐ろしさです。


そして、伝統的な密教においては、密教の実践をする場合には、
弟子となる側に、正しいグルを選ぶという多大な責任があると説かれています。

しかし、アレフ信者の場合は、グルに自分を委ねるばかりで、
グルが正しいかを自分で判断するという「弟子側の責任」
という考え方は、
全くといっていいほどない
のです。

では、これまでにお話しした、
伝統的な密教宗派におけるグルへの帰依に関する法則の解釈の参考資料
を掲示したいと思います。

以下は、いずれも、チベット仏教総帥ダライ・ラマ法王の側近の僧であるカルマ・ゲレク・ユトク師(チベット亡命政府の元宗教局長。ダライ・ラマ日本代表部事務所の元代表。オウム事件発覚前は麻原とも親交があった)による言葉です。

■密教は「グルが完璧である」という客観的事実を主張していない

「法師(=グル)に欠点を見出すことなく、完璧な存在として見るよう指示しているが、
 これは(法師が完璧であるという)客観的事実とはほど遠く、
 本来、弟子の主観的自我を清めることを意図したものである。」


 
■弟子には帰依すべきどうかを判断する重大な責任があること

「...ある人を自分の師とするにあたって、
 慎重かつ注意深くやらなければなりません。
 急がずに、十分に時間をかけて、
 法師の行動、性質に常に注意をはらうことが、
基本として挙げられます。

  師の候補となる人についての情報を信頼する人から聞くこと、
 関わりを持つ以前の彼のスピーチやダルマ説法を聞くこと、
 彼の日常の生活や行動をきちんと吟味すれば、
 これから自分の法師になろうとする者について知ることができます


 ..その条件を有する法師は、
学識かつ経験を積んだダルマを体得した人であること。
 正直で平静かつ謙虚な者。
 最高の真理を会得し、それに従って生きる者。
 生きとし生けるものに溢れる慈悲の心を持つ者。
 精神的な師としての務めに常に励む者。
 もう1つは、真の倫理を守っている者。
 真の分別の知恵を守っている者。
 真の利他主義を守っている者。

 上記の条件に十分相当する師は、
この世でどんなに貧しい身分でも、
 たぐいまれな精神的師と言えるのです。」

(以上、「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」のHPから引用)

なお、このような伝統密教のグルへの帰依に関する見解の詳細については
上祐代表が記した「アレフ信者へのメッセージ」のテキストをご覧下さい。

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プロフィール

アレフ問題対策室

Author:アレフ問題対策室
■脱会のご支援■
「アレフ(オウム真理教の後継教団)」や、アレフを隠したヨガ教室からの脱会支援を行っています。(※ご本人、ご知人、ご家族からのご相談など100件近くに上ります)
■告発と対策■
今なお続く、アレフの諸問題の告発と対策を行っています。
■運営担当■
ひかりの輪STAFFの4人が運営しています。(山口雅彦・宗形真紀子・広末晃敏・細川美香)

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