この日がなければ、今でも麻原・アレフに相当入れ込んで精神的に出てこれなかった(Dさん20代男性大阪)

(2012-02-11  15:25:08の記事)
 昨年2011年に、アレフへの入信を未然に防ぐことのできた、Dさんという大阪の20代男性の事例をご紹介します。
 
 防ぐことができたきっかけは、上祐宛に来た、相談メールでした。

  Dさんは、2011年5月に、大阪・梅田の紀伊国屋書店で、アレフと隠した女性信者2人に声をかけられたことをきっかけに(いわゆる「書店キャッチ」)、アレフを隠した覆面ヨガ教室に勧誘され、通うようになりました。

 そこでの、長期間の洗脳的教化の結果、麻原への崇拝に傾倒しそうになったということです。

 しかし、そこで感じるアレフ信者の人柄の良さと、残虐なオウム事件の矛盾に悩むようになりました。

 そのうち、やはり、オウム事件の真相を知りたい」と思うようになったときに、アレフ入信前に、事件の真相を知るであろう人物・ひかりの輪の上祐に聞いてみようと考え、ひかりの輪に、相談のご連絡がありました。

 Dさんは、半年ほど、ひかりの輪と接し、事件の真相やオウムの危険性など学ぶうち、アレフへの入信を防ぐことができました。

 Dさんは、ひかりの輪には入会せず、脱会支援にご協力したのみですが、このたび、脱洗脳に苦しむ方のためにと、以下の、ご自身が脱洗脳に至った体験談を寄せてくださいました。


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脱洗脳に苦しむ方のために

 『脱洗脳』、これには、一人で悩んでいる人が多いでしょう。
 全国で、今も何百人という人がそのような気持ちでいることと想像されます
 
 僕と同様に、脱洗脳の一つの方法として、ひかりの輪の上祐氏はじめ、その他会員の方と連絡を取り合うのが良いと思います。

  ですが、何しろ、アレフに接触した人などは特に、「ひかりの輪自体が信用出来ない」と、世間一般の人も含め、ひかりの輪に対して疑いの心が全く無いという 人は恐らく少ないであろうことからも、ここでは他の方たちの陳述とはやや異なる、私が体験した両団体の実体を事細かに書くことで、両団体において、

 ①全く別の団体であること

 ②麻原・オウム事件への態度の相違、

 そして、
 ③アレフ問題に対しての個人的見解

 を主眼として書こうと思います。

 会員でない、あくまで第三者的視点での、両出家者等との接触経験から(やや長文にはなりますが)ここで貴重な証言ができると思います。


書店で知り合った女性に誘われ、偽装ヨガ教室へ

 昨年(2011年)の5月、大阪梅田の書店で知り合った女性二人が通っているという、ヨガ教室に通い始めました。
 5~6回通ううちに(アレフなのでは?)と気付き、もらった資料や話の内容等と並行して調べ始めていた、オウム関連の書籍等から「確信」に至りました。気付いたことは内緒にしていました。

 しかし、その理論等大変面白いものであったし、麻原氏の本などを読んでいるうちに、のめり込んで行きました。
 当時の自分にとっては、書籍の中の麻原氏は誠実な人に感じられ、ヨガ教室の先生(40代男性)や、その2人組の女性等の「人柄の良さ」と、あの一連のオウム事件というものに余りに矛盾を感じ、一人混乱していました。


事件の真相を聞くために、上祐氏に会いに行く


 そこで、事件の“真相”を知っているであろう、“唯一”と言ってもよい直接接触できる人として、上祐氏を思いつき、早速『ひかりの輪 大阪支部』に行きました。7月のことでした。

 そこで、事の経緯を上祐氏に話し、
 「今もどうにも僕には、麻原氏の話が魅力的に思い、抜け切れないでいる」
ということを話すと、1時間以上にわたって、
 「何故僕が麻原氏の話を、魅力的に感じてハマッてしまうのか」、
 「そして、その何が危険であるのか」

 を一緒に考えてくれ、上祐氏自身のケースと、またそれを脱した時の話について語ってくれました。

  そして事件の事等、上祐氏が知っている限りのことを語ってくれました。
 この日がなければ、僕は今でも麻原・アレフに相当入れ込んでいて、精神的に出てこれないところまで行っていただろうと思います。

 事件当時のオウム信者と同様に、麻原・オウム的なものにハマッてしまう「心の弱さ」を抱えている僕は、「オウム問題」を「自己の問題」として考えるようになり、月に一度、ひかりの輪に通い、上祐氏や会員の方(元アレフ信者)の方等と、長時間話し合いを始めました。


ひかりの輪で感じたこと


 こうして通った、ひかりの輪での約半年間(説法会5度程度と、上高地への聖地巡礼です)で感じたことを列挙します。


  ・生活は、必要最小限という感じで、極力賠償等に充てている感じでした。

  ・皆、始めからタブーなしに、オウムの事等についても、「何でも聞いて下さい」と、
   閉鎖感は、全くといってよい程ありませんでした。

  ・会員になること等の、強引な誘いもありませんでした。

  ・月に一度開かれる懇親会では、毎回初めての人が数名来ますが、
   やはり皆オウム関連の上祐氏への質問が多く、あまりにもオウムの質問一色
   であったりして、僕などはうんざりしてしまう時もあるのですが、
   上祐氏はそんな素振りを一つも見せずに、一つひとつに懇切に、
   ごまかしなく答えているのが印象的でした。

 ・アレフのヨガの先生とは違い(後述)、上祐氏とは「対話」が出来、
  時に一緒に考えているような感じでした。
  これは「麻原絶対」どころか、「あらゆることを絶対視しない」
  という精神の表れではないかと思います。

 ・そして、何よりの脱麻原の証拠は、ひかりの輪の教義自体にあるように感じました。
  絶対的な存在の否定と、選民的排他的というような「人を分ける」ようなことをしない
  ということが、脱麻原の思想としての核心部であり、
  それを教えの軸においた現在のひかりの輪の教えこそが、
  上祐氏、ひかりの輪としての最大の答え、証明であり、
  つまりは、「脱麻原」を、新たなオウムが生まれてしまわぬ為の思想の創造によって、
  なそうとしているのだなと感じました



 あくまで、オウムの反省を軸としており、これで 「何故、宗教団体を続けて行こうとしているのか」という疑問も氷解しました。
 このようにして、半年以上の間、ひかりの輪に出入りしましたが、麻原隠しを匂わせるものは皆無でした。

 
再び、アレフの偽装ヨガ教室の先生と接する
 ――
上祐氏に対する強い拒否反応

 次に、僕は再度、アレフのヨガ教室の先生と接触して(ひかりの輪に通ってからは、連絡を絶っていました)、上祐氏に会ったことなど全てを話しました。

 これは、ひかりの輪に頼まれたのでもなく、自発的なものです。
 また彼に、アレフからの脱会の説得をしようと思ったのでもありません。
 せめて、断絶してしまっている両者の対話の橋渡しのようなことが、僕に出来ないものかと、一人で勝手に試みようとしたのです。

 すると、そのヨガ教室の先生は、上祐氏と会ったことを話し始めた途端、強い拒否反応を示しました。

 その時、彼(二十歳で出家したと聞きました)は、上祐氏、ひかりの輪について、こう話しました。


  ・修行者としては凄かったのだが、シャクティーパット
  (
他者へのエネルギー移入!?)の施し過ぎで、
  現世の悪いカルマを取り過ぎてしまった。

  ・師(麻原氏)を裏切ったということだ。

  ・ひかりの輪は、
もうアレフとは全く別のものであって興味もない。
   資料も見せないで欲しいし見たくもない。と言っていました。

   また、『尊師の教えをどうせ盗んで、自分の(考えた)
ものにしよう
   としているのだろう』



 と、ひかりの輪の教義を少しでも知るものからすれば、まるで見当違いの事を言っており、僕は「ああ、ひかりの輪には、本当に何も接触してないんだなぁ」と感じました。

 自分たちの教えが絶対の真理という意識と、排他性の強いアレフの方との「対話というものは不可能なのだな」と、強い挫折感を感じました。

 また、これでは上祐氏や、ひかりの輪の人々から話すのでは尚、難しいなと思いました。


恐る恐る、アレフの大阪道場に向かう。そこで見たもの

 そして、「上祐氏やひかりの輪の話を出しても話にならないな」と思い、別の話に切り替えると、彼が『道場に来てみる?』と言い出しました。

 私は、恐る恐るではありましたが、(ひかりの輪との関係を含めて)アレフの実態を知るために、その大阪支部道場に向かいました。

 そこで先程と同様に、アレフ道場内で感じたことを列挙します。


 ・「麻原氏一色」であり、各部屋の写真やTV画面には、常に麻原氏が出ていました

 ・オウム出版の本、雑誌が書棚に多量にあって、ザーッと見た所、上祐氏の本はありませんでした。

 ・麻原氏、上祐氏、村井氏の出演した「朝まで生テレビ」の録画したものを、そこで見せてもらったのですが、
  上祐氏の発言部分は全てカットされており、画面の端にたまに顔が映る位でした。


 こうして、アレフ側からして、上祐氏に関しては、もはや“ないもの”として排除しているのだなぁ。と感じました。
 これらの事実から、「ひかりの輪が麻原隠しをしているのではないか?」ということや、「ひかりの輪が(裏で)アレフと関係しているのではないか?」ということについては、今までのところ、両方ともないものと確信しております。


アレフの先生のオウム事件に対する態度


 また、アレフの先生にオウム事件のことを聞くと、(このサイトの他の方の体験談と同様に)


 ・「サリン事件は何の物的証拠も出ていない」と事件そのものを否定したり、

 ・「一見、悪のように見えるが、麻原氏の深い密教的見地からすると、これも人々のために為したことだ。」
  と事件を正当化したりしており、「というかどっちでもいい」というような、事件に対しての関心のなさを示しました。


 結局は、自分と麻原氏の繋がり(愛のようなもの)が“全て”であって、その他はあまり関心がないようであり、幸せそうではあるがそのような世界観に生きるのは、狭く暗い生き方のように感じました。

 「事件が陰謀か否か」などを抜きにしても、そのような「自分とは関係ない」というような態度を取らせる時点で、その団体の教えはとても残念なものなのではないでしょうか。


入り口の心地よさの先に、アレフの麻原を盲信する洗脳プログラムが待っている

 アレフの人達の陰謀論の話などを聞いていると、世の中のあらゆるものが信じられなくなり、しかも陰謀論なんてものは確かめようもないものだから、もはや信じたいか否かであり、根拠というものはありません。

 彼らが正しいか間違っているかを、教義や密教論理の中に探そうとしてはいけません。
 恐らく理屈として、正しいか否かなど、実のところ誰にも わからないのだと思います。

 まず、信じたいから信じている。
 あるいは信じようとしていることを自覚しなければなりません。
 その信じたいと思う背景には、世間や社会に対しての疎外感をもともと抱いており、
 また選民的な、「自分達だけは 聖なるもの、真理を知っている」というような、閉鎖的な世界観に、心地良さを感じているのではないでしょうか。

  入口では、仏教の四無量心やヨガの体感など、今日の日本の若者には接触の機会も少なく、始めは良いものに巡り会えたと思うかもしれませんが、しかしそれは 仏教やヨガなど他からも十分に学べられるもので、宗教などへの無知から「アレフ・オウムでないと学べない」と思い込んで入ってゆくと、その先には「麻原絶 対・麻原盲信へ」という洗脳プログラムが待っています

 入口の心地良さが全てとは思ってはいけません。
 結果、どうなるでしょうか?
 彼らは実際の所、世の中に何を残せたでしょうか。
 オウム事件への態度はどうでしょうか?
 セミナーなどは相当に高額と聞きます。
 世の人々に信者であることを隠して、見えない壁がどこかにはあるのではないでしょうか。
 そのようになりたいでしょうか?

 彼らは“悪”ではありません。
 ある種の心の弱さを有した人々なのだと思います。

 その同じような弱さを持っているのが“縁”となり、僕らは入口付近にまで至ってしまったのではないでしょうか。
 晴れやかな気持ちで、世間・社会に対して思えるような自分になってゆきたい所存であります。

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アレフ問題対策室

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「アレフ(オウム真理教の後継教団)」や、アレフを隠したヨガ教室からの脱会支援を行っています。(※ご本人、ご知人、ご家族からのご相談など100件近くに上ります)
■告発と対策■
今なお続く、アレフの諸問題の告発と対策を行っています。
■運営担当■
ひかりの輪STAFFの4人が運営しています。(山口雅彦・宗形真紀子・広末晃敏・細川美香)

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